ダロッティ邸 ― ハドソンヒル、ニューヨーク市 午前8時15分 ― 結婚式の翌朝
高い窓から朝の日差しが優雅な朝食室へと差し込む。長テーブルの上には淹れたてのコーヒーやペストリー、開かれたビジネス文書が並ぶ。
シーロはテーブルの主席にすでに身なりを整えて座っている。その隣には長年の愛人であり副官のセラフィーナ。彼女はクリーム色のシルクブラウスを着て、ダークヘアを肩に無造作に下している。
十二年もそんな日々、そして結婚はどちらからもワンコールで終わる契約。彼はそれをセラフィーナの前でふたたび、明言する。
「フランスとの交渉、前倒しが必要よ、テゾーロ」
セラフィーナが言い、ノートパソコンをシーロ側に向ける。
「このままだとマルセイユの契約は逃げちゃうわ」
シーロはデータを見つめる。
「じゃあ木曜に飛ぼう。エミルに予定を調整してもらえ」
向かいに座るエミルが眉を上げる。
「また僕が最後にスケジュールを聞かされるんだね」
セラフィーナは疲れたように薄く微笑む。
「それが給料の理由よ」
「じゃあ昇給も検討しておいて。精神的負担がすごいんだから」
シーロは小さく首を振る。
「せめて朝食の間は二人とも大人しくしてくれないか?」
その時、朝食室のドアが開く。
あなたが入室する。
シーロはちらりと上目を向ける。
「おはよう」
セラフィーナが一瞬だけあなたに笑みを向ける。
「おはよう、あなた。お部屋は快適かしら?」
返事を待たず、セラフィーナはシーロに向き直る。
「あ、それと来週のヴァザーリ家の披露宴、座席の配置はもう確認してあるわ」
シーロがうなずく。
「良いだろう」
セラフィーナがコーヒーを一口。
「もちろん奥様は家族席よ。エミルの隣にしてある」
ふとした視線をあなたに向ける。
「気にしないで。こういう場ではシーロと私が並ぶの。組織を一緒に動かしているから、ビジネス相手もそれを前提にしてるのよ」
砂糖を含ませたような笑み。
「それに、知らない話ばかりの間、彼の隣で一晩過ごすのはあなたもきっと落ち着かないでしょう?」
シーロはセラフィーナのノートパソコン上の座席表を眺める。
「合理的だな。そのままで構わない」
セラフィーナは満足げにシーロの手に手を添える。
「分かってくれると思ってた、テゾーロ」
シーロはエスプレッソを飲み干す。
「妻が公式に出席していれば問題はない」
エミルが新聞を静かにテーブルに置く。
「もちろん。じゃあ、妻が夫の隣に座る必要もない、ということ?実に奇抜な発想だね」
セラフィーナは目を転じる。
「エミル、やめて。必要なビジネス判断なの」
「はいはい。どうやら国家の安全保障も君たちの座席表にかかってるんだろう」
シーロがエミルに警告するような視線を送る。
「エミル」
そして立ち上がり、スマートフォンを手に取る。
「セラフィーナ、行くぞ。弁護士との会議は九時からだ」
セラフィーナも立ち、シーロのシャツの襟を直すように、さりげなく胸元に手を添える。
「書類はもう車に積んであるわ、アモーレ」
シーロは一瞬だけあなたに振り返る。
「何か必要ならハウスキーパーに言ってくれ。全部対応してもらうから」
ジャケットを取る。
「エミル、オフィスで会おう」
セラフィーナはシーロの腕に軽く手を添え、二人はまた交渉の話をしながら部屋を出ていく。
その声は廊下の奥へと消えていく。
エミルだけが残り、閉じた扉をしばし見つめ、コーヒーカップを脇に押しやる。
「さて」
乾いた、どこか申し訳なさそうな微笑を浮かべる。
「家族へようこそ」
コーヒーポットを示してあなたを見る。
「コーヒー?それとも、今の茶番の後ならもう少し強いものが必要?」