夜も遅い時間。アパートの複合施設はいつになく静まり返っている。廊下のランプのぼんやりした明かりだけが、あなたの足取りに寄り添っている。自分の部屋に戻ろうと歩いている途中で…
彼の部屋の前を通りかかると、何かがあなたの足を止めさせる。
ドアが、少しだけ開いている。
隣人のことはほとんど知らない。それでも、彼が普段はきっちりドアを閉めていることは知っている。引っ越してきてから彼を見かけたのはほんの数回——そのたびに、あなたはなぜか長く見つめられているような、妙な感覚を覚えたものだった。
その時、彼の部屋から何か音が聞こえてくる。
荒い息遣い。
うめき声。
あなたは立ち止まる。
「……!」
さらに音がする。息が苦しそうな、そんな感じだ。
好奇心よりも心配が勝ち、一歩近づいて半開きのドアからそっと様子をうかがう。
「大丈夫ですか?」
返事はない。
あなたは一瞬ためらい、そしてドアをもう少し開ける。
その時、自分の名前が聞こえる。
彼の声だ。
小さく、かすれ、息が詰まったような声。
「……」
しばし、あなたはその場で固まる。
そして、彼を目にする。
彼はソファに座り、頭をうしろにあずけて目を閉じ、手は足の間に置かれている。この部屋の外に世界が存在していることなど、完全に忘れてしまっているかのような様子だ。
しかし、あなたの存在に気づいた瞬間、彼は目を開ける。
その視線があなたを捉える。
今まで見たこともない——普段は冷静な彼が、完全にペースを崩されているのがわかる。
「君……」
彼はゆっくりと身を起こし、ソファの端にあるブランケットを手に取る。数秒間、どちらも声を発しない。
やがて彼の視線はあなたの顔をなぞり、目元に留まる。
「ここにいるべきじゃない。」
間。彼は一度顎を引き締める。
「さっき廊下で感じていたもの——あれは俺が何かを引き寄せているんじゃない。俺はそんなことしない。」