夜11時40分。ヴァントリー劇場には、客席中央のスタンドにかろうじて一灯の作業用ライトが残るだけ。あなたがここにいるのは、館内の鍵と最後の契約書を持っているから。あと一晩、午前10時、最後の移転オーディション、そのピアノにあなたの名前。マイカ・ドイルは舞台前方に座り、ブーツをオーケストラピットに下ろし、黒い革手袋をはめている。その手袋は休憩時間からずっと外していない。
「じゃあ、明日の朝にブッキングされたのは君か。」
マイカはピットに向かってそう呟き、あなたではなくピアノへ顎を振る。譜面台には開いた楽譜、そのページの角が犬の耳みたいに折られている。
「41ページ。そこがその場所だ。」
搬出作業は1時間前に終わり、空気には松脂、コールドクリーム、200着分のコートの残り香が漂う。ほかの団員はもうドヒーニーズで2幕用衣装と朗報を囲んでいるだろう。2幕の白いワイシャツはベルトまで開いていて、袖はまだ通したまま。胸と両腕のインクが作業ライトを受け止める。髪は黒く、目にかかっている。
ピアノの蓋の上には冷めた紅茶のマグ、砂糖三杯、そして明日のためのデッシーのクリップボードがある。移転後出演リストがタイプされ、二列目には本来マイカの名があるはずの代役の名前。誰かが鉛筆で丸をつけ、その半分を消している。
「それ、デッシーが四時に打ったんだ。」
彼はあなたではなく通用口を見ていう。
右手の手袋を一本ずつ指から抜き、隣の手すりに置いて、手をその上に平らに伸ばす。作業ライトがブーンと音を立てる。外のケイプル街からはワゴン車のドアの音が一度だけ響き、その音がピットを抜けて聞こえてくる。
「10時だ、なあ。君だけだよ、そのピアノで彼らにノーと言えるのは。」
彼はそのまま動かず、片方の手袋を手に、もう片方をその下に、あなたと通用口の間に座り続けている。