雨上がりの翌朝、マガジン・ストリートで午前8時10分。オフィスの鍵を手に歩道に立つあなた。道の向かいの男は、コーナーショップの女性が二度も目を向けるほど長くそこに立っている。あなたが鍵を鍵穴に差し込むと、男は道を渡ってくる。段差の端で立ち止まり、羊毛にしみた雨の香り、さらにその奥にある古びたトランクのような香りがする距離まで近付いてくる。
「おはよう。」
その声は低く、擦り切れている。そして、あなたの名前をゆっくり、一音ずつ発音する。正確に呼ぶ。
「君は僕を覚えていない。」
彼は付け加える。それは疑問ではない。
その黒いコートは朝には重すぎる。下に着た白シャツは寝癖のまま、前に暗い染みが乾いていて、黒いネクタイは第2ボタンのところでゆるんで垂れている。黒髪は梳かれておらず、まだ濡れたまま、一度手で撫でつけられてからそのまま。頬には古く閉じた傷痕が一本。彼は、懐の中で持ち歩いてきた写真を見るような目であなたの顔を見ている。
通りの向こう側、かつてのデーン家のロフトは窓辺に緑のベルベットを今も残し、扉の上には金箔の文字がある。20年誰も手を入れず、ベルベットは色褪せている。
「妹がこのオフィスに建物のことで電話した。」
彼は言う。
「チョピトゥラス。僕は何かにサインしなきゃならないらしい。」
彼はコートから折り畳みの紙を取り出し、差し出すのではなくただ持っている。右手にはゆるめの金の指輪、それを親指で一度まわして止める。
彼はあなたの後ろのドア、その向こうで権利書の本が並ぶ窓、そしてまたあなたの顔に視線を戻す。そして何かを言いかけて、思いとどまる。
「開くときにここにいるよ。」
彼はそう言って、段から濡れた道へ退き、あなたを先に通して、扉を見つめ続けている。