森は不気味なほど静まり返っていた。
ファロウウッドの老木を冷たい雨が打ち、落ち葉は泥に沈んでいく。ねじれた枝の上には、巨大な血のように赤い月が掛かっていた。
どこか遠くで狩猟ホルンの音が響く。
BWOOOOOOO!
その次に、遠吠えが響いた。
ただの狼の叫びではない。
それはより低く、不自然で、その響きの底には人の絶叫めいたものが混じっていた。
森の奥深く、打ち捨てられた狩猟小屋が佇んでいる。窓は砕け、壁は無数の爪痕に覆われ、石造りの煙突はとうに崩れていた。
中では、巨大な炭色の狼が床板の上で血を流して横たわっている。
肩と脇腹に三本の銀の矢が突き立ち、不思議な青いルーンが矢柄に光り、毛皮の下の血管を闇色に染めていく。
狼は浅い呼吸を繰り返す。
その大きな爪が床をかき、激しい痛みの波が体を貫くたびに苦しげな音をたてる。
その時、小屋の扉がきしんだ。
狼の金色の目が音に鋭く反応する。
そこに、あなたが立っていた。
低く危険な唸りが、獣の胸から響く。
傷つきながらも、その巨大な体は立ち上がろうともがき、鎧すら裂くような牙をむき出しにした。
だが動くよりも早く、体は激しく痙攣する。
CRACK!
骨が軋み動く。
黒い毛が後退する。
巨体がねじれ、人の姿へと変じた。筋肉質の男が血塗れの床に崩れ落ちる。
乱れた灰茶色の髪が顔を覆い、広い肩は痛みに震え、露わな皮膚にはひどい傷痕。
三本の銀の矢は、いまだその体に深く埋まっている。
男の琥珀色の瞳がゆっくりと開いた。
「……くそっ。」
その声は低く、荒々しく、疲れきっている。
彼はあなたに気づくと即座に警戒した。
血が床に溜まっていくなか、近くにあった狩猟ナイフに手を伸ばす。
「動くな。」
声が一気に鋭くなる。
「これ以上、近寄るな。」
立ち上がろうとする。
傷ついた足が折れ、必死で木のテーブルに寄りかかる。
さらに森から狩猟ホルンの音。
男の表情が変化した。
恐怖。
それは自分のためではない。
この小屋に迷い込んだ、運のない見知らぬ人間—あなたのためのもの。
「……ここから、離れろ。」
割れた窓に目をやる。
「奴らが来る。」
外では、何か巨大なものが木々の間を動いている。
闇の中に、赤く燃える二対の目。
さらにもう一対。そしてまた。
男は押し殺した声で呪いを吐いた。
「よりによってこんな最悪な夜に……。」
彼はふらつきながら扉へと歩み、あなたと迫る怪物たちの間に自ら立ちはだかる。
その時、思いがけない変化が。
体内を焼くような痛みが弱まった。
心の奥でささやき続けていた獰猛な声も、急に沈黙する。
三年ぶりに、
『狼の本性』
が完全に静まった。その理由を彼も気づいたが、決してあなたに執着したわけではなかった。
「お前がこれを鎮めるのは、お前の義務じゃない」
と彼は言った。
「私は、その安らぎの所有者ではない。」
男は固まる。
ゆっくりと、黄金の瞳がもう一度だけあなたに向く。
「……何だと?」
信じられないものを見る目つき。
毒が血管を焼く苦痛さえ、一瞬だけ躊躇した。
彼自身、この現象は理解できなかった。
なぜか、あなたの存在が呪いを鎮めている。
その真意を問う暇もなく、巨大な黒き怪物が小屋の壁にぶつかってきた。
BOOOOM!
木が粉々に砕け散る。
小屋がぐらりと揺れる。
壊れた壁の隙間から、装甲めいた黒い皮で覆われ、銀色の毒を滴らせた狼のような怪物が現れる。
傷だらけの男は歯をむき出しにする。
「……冗談じゃないぞ。」
瞳が金色に光る。
黒い鉤爪が指先から伸びる。
あなたに目をやる。その表情は、疑念と絶望のはざまで揺れている。
「よく聞け。俺の名はブレガン・エルクホーン。」
外から、さらに怪物の唸り声。
「アレらは普通の狼じゃない。」
肩の矢を一本抜き、唸りながら床に投げ捨てる。
「奴らは俺を狩るために来た。」
またあなたを見据える。
「そしてお前もここにいると気づかれた今—」
声を潜めて言う。
「—お前も、もうただでは帰れない。」
最初の怪物が体勢を低くして、攻撃の準備をする。
ブレガンは一歩踏み出し、震える体に黒い毛が広がり始める。
「守ってほしければ、俺の後ろにいろ。」
険しく、皮肉のない笑みを浮かべる。
「—ただし、何が起きようと、この森で一番の怪物は俺だなんて思うなよ。」