キャンパスで一番のプレイヤーは、あなたが決して去らないと2年間思い込んでいた。そして今夜、彼はあなたが無言でジムを出ていくのを見ていた。
ウェストン・クイントレルは、決着のつくゲームが好きだった。僅差ではなく、延長戦でもなく、最後の数秒でたまたま決まったラッキーなシュートで、3日間も称賛されるか嘲笑されるかが決まる、そんな結末はまっぴらだった。21点差。それなら彼にも余裕があった。ジムのバザーが10分近くも前に鳴り終わったのに、まだ場内は騒がしかった。スピーカーからは音楽が鳴り響き、生徒たちは観覧席に立ち上がっている。どこかで誰かが名前を叫んでいたが、ウェストンはほとんど無視した。慣れっこだった。黒いジャージを体から少し引っ張って、汗を拭く。首筋に汗が張りついている。長めの髪は完全に乱れて額にかかり、刈り上げたサイドは汗で光っていた。 「クイントレル!」 ウェストンは片手を上げただけ。それだけで観覧席からまた歓声が上がった。デンジルが隣に現れ、肩をこれでもかとばかりに叩いたので、ウェストンは半歩横にずれた。 「お前、ほんとにいやらしいやつだな。」 ウェストンはニヤリと笑った。 「嫉妬は似合わないぞ。」 「12点取ったんだぞ。」 「かわいいな。」 デンジルは立ち止まった。 「かわいい?」 ウェストンは眉を上げた。銀色のバーベルピアスが、ジムの天井の光をかすかに反射した。 「表彰状でも欲しいのか?」 デンジルは中指を立てた。ウェストンは笑う。バーニーが後ろから現れ、二人の肩に腕を回した。 「今夜はデイシーの家な。」 ウェストンはしかめっ面。 「前回、デイシー半分ぶっ壊しただろ。」 「ってことは、もう半分はまだ残ってるだろ。」 「納得させられたな。」 ハロルドが、いつものように少しゆっくり後ろにやってくる。騒がず、過剰に浮かれもせず、ただ小さな笑みを浮かべている。その笑みでさえ、ハロルドにとっては情動の高まりにカウントされそうなレベルだった。対照的にケネスは、自分が優勝でもしたかのような表情だった。 「歓声やばくなかった?」 デンジルが見やる。 「いや、ケネス。残念だけど俺らここにいなかったからな。」 「うるせぇ。」 ウェストンは鼻で笑った。視線が自然に観覧席をさまよう。無意識、少なくとも自分ではそう言い聞かせた。だが、探しているものはわかっていた。あなた。そこ。もう少し下の列。ウェストンはすぐにあなたを見つけた。いつものことだ。今や呼吸するのと同じくらい自然で、どこにあなたが座っているか考えずとも目がすぐにあなたを探す。ほとんど無意識の微笑みが口元をよぎる。よかった、まだいた。もちろんだ、残っているはずだ。今朝、ウェストンは試合のあとチームにちょっとは残る、と言ったばかりだった。せいぜい20分、長くても30分。そのあと一緒に帰る。少なくともそのはずだった。 「ウェストン!」 女の声が思考を裂く。わかっていた。カグニーだ。ウェストンはちょうど顔を向けたところで、二本の腕が首に巻きついてきた。カグニー・ハディントンは、やたら高そうな香水の匂いがする。甘く、あたたかく、そして至近距離にいると強すぎるほどだった。 「すごかったよ。」 ウェストンはバランスを崩さないようにとっさに彼女の腕をつかむ。 「知ってる。」 カグニーは少し引いて顔を見た。 「いつも通り謙虚ね。」 「謙虚なんて嘘つく必要あるか?」 彼女は笑う。デンジルが後ろで大げさにうめいた。 「まただよ。今度は彼女までアイツの自尊心を肥やしてやがる。」 「もう入りきらない自尊心だろ。」 ハロルドが何かぶつぶつ呟くが、ウェストンは無視。カグニーは相変わらず近すぎる位置にいて、片手は彼の肩に、もう一方はタトゥーの上をなぞるように上腕を這わせている。それはわかっていた。もちろん気づいていた。だがウェストンは一歩引いた。カグニーはいつもこんな感じで、ボディタッチに意味はない。でもあなたにとっては違う意味を持つ—— 「汗びっしょりね。」 顔をしかめるカグニーに、ウェストンはにやり。 「それでもしがみついてるじゃん。」 「こういうときのほうが好きかもね。」 デンジルがえずく真似をする。 「部屋借りてやってくれ。」 ウェストンはカグニー越しにデンジルを見る。 「嫉妬か?」 「そいつを?」 デンジルはカグニーを指さす。 「ありえねえ。」 カグニーも体を半分彼に向ける。 「私が見てやったら嬉しいくせに。」 「今まさに見てるよな。」 「不本意だけどね。」 バーニーが吹き出し、ケネスも笑う。ウェストンまで思わず微笑み、カグニーはさらに寄ってきて、手を肩から首筋、そして長めの髪へ移す。ウェストンが顔をしかめた。 「触るな。」 「なんで?」 「余計ひどくなるからだよ。」 「直してあげてんの。」 「むしろ壊してるな。」 「どっちも同じこと、より良くね!」 彼女はもう一度手を通したが、ウェストンは軽くその手をどかした。カグニーは勝ち誇ったように笑い、無視する。ウェストンは再び観覧席に目をやる。まだあなたはいる。だが何かが違う。目立つほどでも、怒りが見えるほどでもない。むしろ逆に落ち着いている。落ち着きすぎている。ウェストンは少し眉をひそめた。デンジルもそれに気づき、もちろん余計なことをコメントせずにはいられない。 「うわ。」 ウェストンが見やる。 「何だ?」 「別に。」 「ならだまっとけ。」 「何も言ってねえし。」 「その顔だよ。」 デンジルはニヤリ。 「また後で問題起こすんだろ、どうせ。」 カグニーはうなじをかしげる。 「私のせい?」 バーニーが笑う。 「他に誰のせいだよ。」 ウェストンは目を回す。 「問題なんて起きない。」 デンジルが観覧席を見てからウェストンを見る。笑みをさらに広げる。 「そりゃよかったな。」 「その意味は?」 「なんでもねえって。」 「デンジル。」 「マジでなんでもねえよ。」 デンジルは両手を上げる。 「お前は何したって許されるからな。」 ケネスもバーニーもニヤリ。ウェストンは否定もできた。でもしなかった。なぜなら...デンジルはそこまで間違っていなかったからだ。ウェストンとあなたはもうすぐ2年。友人たちの誰よりも長い。2年の間に喧嘩もした。パーティーのこと、友達、カグニー、メッセージ、写真、ウェストンが10分後にはどうでもよくなるような事で。けれど今も一緒にいる。愛し合ってるのが理由。それだけ。あなたは彼を知ってる。ウェストンは完璧な恋人になるなんて約束したこともない。パーティーに行くこともあれば、たまにフラートすることもある。前は触られるのも許した。今は違う。いま帰るのは必ずあなたと。あなたにキスして、隣で眠って、やらかしたときはプレゼントを買ってみる。明日はあのカフェのあのスイーツを買っていこうとも思っている。ウェストンは彼なりに気にかけていた。それで十分なはずだろ。 「クイントレル。」 デンジルが指を鳴らす。ウェストンはその手をはたいた。 「なんだ?」 「カグニーが今夜来るかって聞いてるぞ。」 ウェストンは彼女を見る。彼女は肩に手をかけて横に立っている。 「デイシーのとこ?」 「うん。」 「たぶんな。」 カグニーは口元を持ち上げる。 「それならイエスね。」 「たぶんだ。」 「ウェストンの『たぶん』はいつもイエスでしょ。」 「興味深い理論だな。」 彼女はさらに寄る。 「検証してみる。」 ウェストンはまた観覧席を見る。あなたは少し動いていた。少しだけ。でも…足りないくらい。デンジルも気付いた。 「あっ。」 ウェストンが見る。 「今度は何だ?」 デンジルは笑いをこらえて頬を噛んでいる。 「別に。」 「言えよ。」 「お前のファンクラブ、もう限界っぽいな。」 ウェストンはまた観覧席を見る。少し額にしわを寄せる。気に入らない。別に何か起きてると信じているのではなく、あとでカグニーに触られたことで論争になるのが面倒だっただけだ——また。あたかもウェストンが彼女に頼んだわけじゃないのに。 「まったく…」 デンジルが寄ってくる。 「どうやって耐えてんだよ、実際?」 ウェストンが見る。 「何を?」 デンジルはそっと観覧席を示す。 「この、ずっと続く嫉妬劇。」 ハロルドがすぐ顔をあげる。 「デンジル。」 「何さ。」 「やめろ。」 デンジルは無視する。 「やめろっつってんだろ。」 「俺なら頭おかしくなるな。」 バーニーもうなずく。 「ちょっとね、わかる。」 ウェストンは終わらせることもできた。『うるせぇ』の一言で。でもそうせずに片方の肩をすくめる。 「慣れるもんだよ。」 デンジル、バーニーが笑い、ケネスは不安気に微笑む。カグニーも微笑み、ハロルドだけが違った。ほんの一瞬だけ、険しいまなざしがその眉に浮かんだことにウェストンは気付いた。 「そんな顔すんなって。」 ハロルドは腕を組む。 「どんな顔だ?」 「カウンセラー顔だよ。」 「まさか。」 デンジルがまた笑い、ウェストンも一瞬だけ笑った。そしてまたあなたに目を向ける。だが今度はその笑みがすぐ消える。あなたがいつもと違う顔をしていたからだ。普段ならトラブルの兆候はすぐ分かった。体の緊張感、視線、距離、車中の雰囲気、沈黙、全て。しかし今回は何もない。嫉妬も怒りも、カグニーへの反応も、何も。ウェストンはむしろ安堵すべきだった。何カ月も求めていた「面倒もドラマも議論もない」状況なのだ。完璧。なのに、なぜ違和感がある? カグニーが腕を引く。 「行こう。」 ウェストンが見る。 「どこに?」 「写真だよ。」 「嫌だ。」 「ウェストン。」 「カグニー。」 「一枚だけ。」 「どうせネットにあげんだろ。」 「当然じゃん。」 「ならなおさら嫌だ。」 彼女は強引に腕を引く。デンジルが叫ぶ。 「やっちゃえ、お姫様。」 ウェストンは中指を立てる。カグニーはもうポジション取り、彼の前に立ち、それから隣へ。胸に手をおき、体を密着させる。ウェストンはため息。 「5秒だけだぞ。」 カグニーはにやり。 「5秒で十分だし。」 誰かがスマホを構える。ウェストンはカメラを見る。いつもの半分退屈、半分傲慢な笑顔だ。カグニーは頭を肩にあずける。カシャ。もう一枚。手が上へ。カシャ。3枚目でいきなりほっぺにキス。ウェストンは瞬きをした。 「マジで?」 カグニーは笑いながら離れる。 「かわいかったじゃん。」 デンジルが口笛、バーニーが吹き出し、ケネスは口を手で押さえる。そしてウェストンは?一切笑わなかった。バカバカしい状況、カグニーの勝ち誇った顔、デンジルのリップの話、全てどうでもいい。ただ床を見てやり過ごす。そのあと観覧席を見やる。もう、あなたはいなかった。ウェストンの笑顔は、数秒だけ残り、すぐ消えた。列を探す。いない。出口に視線を滑らす。いつ出たのか全く分からなかった。 くそ。 「何?」 デンジルは、ウェストンの様子にすぐ気づいた。 「なんでもない。」 ウェストンはバッグを取る。ハロルドが観覧席を見て、それからウェストンを見る。 「いないな。」 ウェストンは見返す。 「見てたよ。」 「そりゃそうか。」 バッグを肩に掛ける。カグニーは眉をひそめた。 「どこ行くの?」 「着替え。」 「一緒にって…」 「あとで。」 そのまま出て行く。早歩きではなく、絶対に走りはしない。ウェストン・クイントレルは誰かを追いかけたりしない。理由もないし。たぶんあなたはもう駐車場かトイレか、誰かから連絡が入っただけ。ドラマじゃない。全然平気。仮に怒っていたとしても…ウェストンはどうすればいいかわかってる。あとで車で寄ればいい。例の小さな店にも先に寄って。あなたはあの銀のブレスレットが好きだった。もしくは何か甘いものでも。少し言葉交わして、キス、終わり。謝りはしない。ロッカールームのドアを開けて、一度立ち止まる。背中越しに聞こえるハロルドの声が静かに、あまりに静かに。 「何もかも、いつも通りだと思わないほうがいいかもな。」 ウェストンが振り返る。 「それ、どういう意味だ?」 ハロルドは肩をすくめる。 「ただの独り言だよ。」 ウェストンは鼻を鳴らす。 「お前、俺を愛してるだろ。」 ハロルドは数秒、無表情で彼を見る。微笑みも冗談も一切なし。 「それだけは疑ったことない。」 ウェストンはじっと待つ。ハロルドが通り過ぎ、一瞬だけ立ち止まる。 「でも、いつかは愛だけじゃ足りなくなるかもな。」 ウェストンは小さく笑った。面白いからじゃない。むしろバカバカしいからだ。あなたがウェストンを去るはずがない。本当に。怒るかも、明日連絡をくれないかも、2日ぐらいふてくされるかもしれない。しかし離れるなんて、ない。ウェストンはあなたを知っている。あなたは彼を誰よりも愛してる。それだけは絶対。だからウェストンはこう信じていた——どれだけやらかそうと、カグニーがどれほど度を超そうと、友達がどんなバカな発言をしようと、最終的にあなたはそこにいてくれる。ウェストンはまた少し優しくするだけでいい。プレゼント、花、あるいはあなたが絶対に抗えないあの笑顔。それで全てまかなえる。いつだって、そうだった。ウェストンはそう信じていた。
キャンパスで一番のプレイヤーは、あなたが決して去らないと2年間思い込んでいた。そして今夜、彼はあなたが無言でジムを出ていくのを見ていた。
ウェストン・クイントレルは、決着のつくゲームが好きだった。僅差ではなく、延長戦でもなく、最後の数秒でたまたま決まったラッキーなシュートで、3日間も称賛されるか嘲笑されるかが決まる、そんな結末はまっぴらだった。21点差。それなら彼にも余裕があった。ジムのバザーが10分近くも前に鳴り終わったのに、まだ場内は騒がしかった。スピーカーからは音楽が鳴り響き、生徒たちは観覧席に立ち上がっている。どこかで誰かが名前を叫んでいたが、ウェストンはほとんど無視した。慣れっこだった。黒いジャージを体から少し引っ張って、汗を拭く。首筋に汗が張りついている。長めの髪は完全に乱れて額にかかり、刈り上げたサイドは汗で光っていた。 「クイントレル!」 ウェストンは片手を上げただけ。それだけで観覧席からまた歓声が上がった。デンジルが隣に現れ、肩をこれでもかとばかりに叩いたので、ウェストンは半歩横にずれた。 「お前、ほんとにいやらしいやつだな。」 ウェストンはニヤリと笑った。 「嫉妬は似合わないぞ。」 「12点取ったんだぞ。」 「かわいいな。」 デンジルは立ち止まった。 「かわいい?」 ウェストンは眉を上げた。銀色のバーベルピアスが、ジムの天井の光をかすかに反射した。 「表彰状でも欲しいのか?」 デンジルは中指を立てた。ウェストンは笑う。バーニーが後ろから現れ、二人の肩に腕を回した。 「今夜はデイシーの家な。」 ウェストンはしかめっ面。 「前回、デイシー半分ぶっ壊しただろ。」 「ってことは、もう半分はまだ残ってるだろ。」 「納得させられたな。」 ハロルドが、いつものように少しゆっくり後ろにやってくる。騒がず、過剰に浮かれもせず、ただ小さな笑みを浮かべている。その笑みでさえ、ハロルドにとっては情動の高まりにカウントされそうなレベルだった。対照的にケネスは、自分が優勝でもしたかのような表情だった。 「歓声やばくなかった?」 デンジルが見やる。 「いや、ケネス。残念だけど俺らここにいなかったからな。」 「うるせぇ。」 ウェストンは鼻で笑った。視線が自然に観覧席をさまよう。無意識、少なくとも自分ではそう言い聞かせた。だが、探しているものはわかっていた。あなた。そこ。もう少し下の列。ウェストンはすぐにあなたを見つけた。いつものことだ。今や呼吸するのと同じくらい自然で、どこにあなたが座っているか考えずとも目がすぐにあなたを探す。ほとんど無意識の微笑みが口元をよぎる。よかった、まだいた。もちろんだ、残っているはずだ。今朝、ウェストンは試合のあとチームにちょっとは残る、と言ったばかりだった。せいぜい20分、長くても30分。そのあと一緒に帰る。少なくともそのはずだった。 「ウェストン!」 女の声が思考を裂く。わかっていた。カグニーだ。ウェストンはちょうど顔を向けたところで、二本の腕が首に巻きついてきた。カグニー・ハディントンは、やたら高そうな香水の匂いがする。甘く、あたたかく、そして至近距離にいると強すぎるほどだった。 「すごかったよ。」 ウェストンはバランスを崩さないようにとっさに彼女の腕をつかむ。 「知ってる。」 カグニーは少し引いて顔を見た。 「いつも通り謙虚ね。」 「謙虚なんて嘘つく必要あるか?」 彼女は笑う。デンジルが後ろで大げさにうめいた。 「まただよ。今度は彼女までアイツの自尊心を肥やしてやがる。」 「もう入りきらない自尊心だろ。」 ハロルドが何かぶつぶつ呟くが、ウェストンは無視。カグニーは相変わらず近すぎる位置にいて、片手は彼の肩に、もう一方はタトゥーの上をなぞるように上腕を這わせている。それはわかっていた。もちろん気づいていた。だがウェストンは一歩引いた。カグニーはいつもこんな感じで、ボディタッチに意味はない。でもあなたにとっては違う意味を持つ—— 「汗びっしょりね。」 顔をしかめるカグニーに、ウェストンはにやり。 「それでもしがみついてるじゃん。」 「こういうときのほうが好きかもね。」 デンジルがえずく真似をする。 「部屋借りてやってくれ。」 ウェストンはカグニー越しにデンジルを見る。 「嫉妬か?」 「そいつを?」 デンジルはカグニーを指さす。 「ありえねえ。」 カグニーも体を半分彼に向ける。 「私が見てやったら嬉しいくせに。」 「今まさに見てるよな。」 「不本意だけどね。」 バーニーが吹き出し、ケネスも笑う。ウェストンまで思わず微笑み、カグニーはさらに寄ってきて、手を肩から首筋、そして長めの髪へ移す。ウェストンが顔をしかめた。 「触るな。」 「なんで?」 「余計ひどくなるからだよ。」 「直してあげてんの。」 「むしろ壊してるな。」 「どっちも同じこと、より良くね!」 彼女はもう一度手を通したが、ウェストンは軽くその手をどかした。カグニーは勝ち誇ったように笑い、無視する。ウェストンは再び観覧席に目をやる。まだあなたはいる。だが何かが違う。目立つほどでも、怒りが見えるほどでもない。むしろ逆に落ち着いている。落ち着きすぎている。ウェストンは少し眉をひそめた。デンジルもそれに気づき、もちろん余計なことをコメントせずにはいられない。 「うわ。」 ウェストンが見やる。 「何だ?」 「別に。」 「ならだまっとけ。」 「何も言ってねえし。」 「その顔だよ。」 デンジルはニヤリ。 「また後で問題起こすんだろ、どうせ。」 カグニーはうなじをかしげる。 「私のせい?」 バーニーが笑う。 「他に誰のせいだよ。」 ウェストンは目を回す。 「問題なんて起きない。」 デンジルが観覧席を見てからウェストンを見る。笑みをさらに広げる。 「そりゃよかったな。」 「その意味は?」 「なんでもねえって。」 「デンジル。」 「マジでなんでもねえよ。」 デンジルは両手を上げる。 「お前は何したって許されるからな。」 ケネスもバーニーもニヤリ。ウェストンは否定もできた。でもしなかった。なぜなら...デンジルはそこまで間違っていなかったからだ。ウェストンとあなたはもうすぐ2年。友人たちの誰よりも長い。2年の間に喧嘩もした。パーティーのこと、友達、カグニー、メッセージ、写真、ウェストンが10分後にはどうでもよくなるような事で。けれど今も一緒にいる。愛し合ってるのが理由。それだけ。あなたは彼を知ってる。ウェストンは完璧な恋人になるなんて約束したこともない。パーティーに行くこともあれば、たまにフラートすることもある。前は触られるのも許した。今は違う。いま帰るのは必ずあなたと。あなたにキスして、隣で眠って、やらかしたときはプレゼントを買ってみる。明日はあのカフェのあのスイーツを買っていこうとも思っている。ウェストンは彼なりに気にかけていた。それで十分なはずだろ。 「クイントレル。」 デンジルが指を鳴らす。ウェストンはその手をはたいた。 「なんだ?」 「カグニーが今夜来るかって聞いてるぞ。」 ウェストンは彼女を見る。彼女は肩に手をかけて横に立っている。 「デイシーのとこ?」 「うん。」 「たぶんな。」 カグニーは口元を持ち上げる。 「それならイエスね。」 「たぶんだ。」 「ウェストンの『たぶん』はいつもイエスでしょ。」 「興味深い理論だな。」 彼女はさらに寄る。 「検証してみる。」 ウェストンはまた観覧席を見る。あなたは少し動いていた。少しだけ。でも…足りないくらい。デンジルも気付いた。 「あっ。」 ウェストンが見る。 「今度は何だ?」 デンジルは笑いをこらえて頬を噛んでいる。 「別に。」 「言えよ。」 「お前のファンクラブ、もう限界っぽいな。」 ウェストンはまた観覧席を見る。少し額にしわを寄せる。気に入らない。別に何か起きてると信じているのではなく、あとでカグニーに触られたことで論争になるのが面倒だっただけだ——また。あたかもウェストンが彼女に頼んだわけじゃないのに。 「まったく…」 デンジルが寄ってくる。 「どうやって耐えてんだよ、実際?」 ウェストンが見る。 「何を?」 デンジルはそっと観覧席を示す。 「この、ずっと続く嫉妬劇。」 ハロルドがすぐ顔をあげる。 「デンジル。」 「何さ。」 「やめろ。」 デンジルは無視する。 「やめろっつってんだろ。」 「俺なら頭おかしくなるな。」 バーニーもうなずく。 「ちょっとね、わかる。」 ウェストンは終わらせることもできた。『うるせぇ』の一言で。でもそうせずに片方の肩をすくめる。 「慣れるもんだよ。」 デンジル、バーニーが笑い、ケネスは不安気に微笑む。カグニーも微笑み、ハロルドだけが違った。ほんの一瞬だけ、険しいまなざしがその眉に浮かんだことにウェストンは気付いた。 「そんな顔すんなって。」 ハロルドは腕を組む。 「どんな顔だ?」 「カウンセラー顔だよ。」 「まさか。」 デンジルがまた笑い、ウェストンも一瞬だけ笑った。そしてまたあなたに目を向ける。だが今度はその笑みがすぐ消える。あなたがいつもと違う顔をしていたからだ。普段ならトラブルの兆候はすぐ分かった。体の緊張感、視線、距離、車中の雰囲気、沈黙、全て。しかし今回は何もない。嫉妬も怒りも、カグニーへの反応も、何も。ウェストンはむしろ安堵すべきだった。何カ月も求めていた「面倒もドラマも議論もない」状況なのだ。完璧。なのに、なぜ違和感がある? カグニーが腕を引く。 「行こう。」 ウェストンが見る。 「どこに?」 「写真だよ。」 「嫌だ。」 「ウェストン。」 「カグニー。」 「一枚だけ。」 「どうせネットにあげんだろ。」 「当然じゃん。」 「ならなおさら嫌だ。」 彼女は強引に腕を引く。デンジルが叫ぶ。 「やっちゃえ、お姫様。」 ウェストンは中指を立てる。カグニーはもうポジション取り、彼の前に立ち、それから隣へ。胸に手をおき、体を密着させる。ウェストンはため息。 「5秒だけだぞ。」 カグニーはにやり。 「5秒で十分だし。」 誰かがスマホを構える。ウェストンはカメラを見る。いつもの半分退屈、半分傲慢な笑顔だ。カグニーは頭を肩にあずける。カシャ。もう一枚。手が上へ。カシャ。3枚目でいきなりほっぺにキス。ウェストンは瞬きをした。 「マジで?」 カグニーは笑いながら離れる。 「かわいかったじゃん。」 デンジルが口笛、バーニーが吹き出し、ケネスは口を手で押さえる。そしてウェストンは?一切笑わなかった。バカバカしい状況、カグニーの勝ち誇った顔、デンジルのリップの話、全てどうでもいい。ただ床を見てやり過ごす。そのあと観覧席を見やる。もう、あなたはいなかった。ウェストンの笑顔は、数秒だけ残り、すぐ消えた。列を探す。いない。出口に視線を滑らす。いつ出たのか全く分からなかった。 くそ。 「何?」 デンジルは、ウェストンの様子にすぐ気づいた。 「なんでもない。」 ウェストンはバッグを取る。ハロルドが観覧席を見て、それからウェストンを見る。 「いないな。」 ウェストンは見返す。 「見てたよ。」 「そりゃそうか。」 バッグを肩に掛ける。カグニーは眉をひそめた。 「どこ行くの?」 「着替え。」 「一緒にって…」 「あとで。」 そのまま出て行く。早歩きではなく、絶対に走りはしない。ウェストン・クイントレルは誰かを追いかけたりしない。理由もないし。たぶんあなたはもう駐車場かトイレか、誰かから連絡が入っただけ。ドラマじゃない。全然平気。仮に怒っていたとしても…ウェストンはどうすればいいかわかってる。あとで車で寄ればいい。例の小さな店にも先に寄って。あなたはあの銀のブレスレットが好きだった。もしくは何か甘いものでも。少し言葉交わして、キス、終わり。謝りはしない。ロッカールームのドアを開けて、一度立ち止まる。背中越しに聞こえるハロルドの声が静かに、あまりに静かに。 「何もかも、いつも通りだと思わないほうがいいかもな。」 ウェストンが振り返る。 「それ、どういう意味だ?」 ハロルドは肩をすくめる。 「ただの独り言だよ。」 ウェストンは鼻を鳴らす。 「お前、俺を愛してるだろ。」 ハロルドは数秒、無表情で彼を見る。微笑みも冗談も一切なし。 「それだけは疑ったことない。」 ウェストンはじっと待つ。ハロルドが通り過ぎ、一瞬だけ立ち止まる。 「でも、いつかは愛だけじゃ足りなくなるかもな。」 ウェストンは小さく笑った。面白いからじゃない。むしろバカバカしいからだ。あなたがウェストンを去るはずがない。本当に。怒るかも、明日連絡をくれないかも、2日ぐらいふてくされるかもしれない。しかし離れるなんて、ない。ウェストンはあなたを知っている。あなたは彼を誰よりも愛してる。それだけは絶対。だからウェストンはこう信じていた——どれだけやらかそうと、カグニーがどれほど度を超そうと、友達がどんなバカな発言をしようと、最終的にあなたはそこにいてくれる。ウェストンはまた少し優しくするだけでいい。プレゼント、花、あるいはあなたが絶対に抗えないあの笑顔。それで全てまかなえる。いつだって、そうだった。ウェストンはそう信じていた。
