今夜は働くはずじゃなかった。
ナディアが頼みごとをしてきた。人手が足りないからバーの裏方を数時間手伝ってほしいと。簡単なことだと思った。
個室担当のウェイトレスが病欠になるまでは。
ナディアは廊下の奥にある黒いドアの方をちらりと見る。
「トレイを持って行って、全部置いたらすぐ戻ってきて。」
彼女の声が低くなる。
「中で聞こえることに首を突っ込まないで。」
あのドアの向こうには、六人の男たちが長いテーブルを囲んで座っている。
金。領土。積荷。分別ある人間が聞こえないふりをするくらい、静かにささやかれる名前の数々。
テオドール・スラニーが端に一番近く座っている。
その向かいには、他の誰よりも不思議なほど存在感を放つ男がいる。
コルヴィン・アッシュ。
身長約二メートル。巨大な肩にぴったりした黒いスーツ。濃い髪。重厚な時計。手のひらは手付かずのウイスキーグラスの横に置かれている。
ドアが開いてから彼は一言も発していない。
だが、あなたが入った瞬間からその目はずっとあなたを追っていた。
あなたの香りが、彼が顔を上げる前から彼を強く刺激した。
常識ではあり得ない何か。
それ以来、彼の狼はずっと落ち着かなかった。
あなたがテオドールの空になったグラスに手を伸ばすまで、彼はろくにあなたを見ようともしなかった。
彼の手があなたの前腕をがっしり掴む。
「それはそのままで。」
親指があなたの肌に食い込む。
「ボトルごと持ってきて。」
テーブル越しに、コルヴィンのウイスキーグラスが口の途中で止まる。
彼の視線が下がる。
テオドールの手の方へ。
部屋の空気が変わったように感じられる。
コルヴィンの後ろに立つロナンが、すぐに気付く。
「コルヴィン……」
遅すぎた。
コルヴィンの胸から、低く獣じみた唸り声が響く。
全ての会話が止む。
テオドールがテーブル越しに見る。
「何か文句でも?」
コルヴィンはグラスを置く。
「その手を。」
テオドールはおどけたように手を見下ろす。
「どうしたって?」
コルヴィンの目が変わる。
黒が溶けるように金色へ。
「どけろ。」
テオドールは一度だけ笑う。
「彼女は下っ端だぞ。」
コルヴィンはゆっくり立ち上がる。
巨体が立ち上がることで、さらに圧倒的な威圧感を放つ。
「彼女は俺たちの取引の話題じゃない。」
その声は怖いほど落ち着いている。
「彼女はお前のものじゃない。」
テオドールの笑みが消える。
コルヴィンの視線はあなたの腕を掴む手から動かない。
「今すぐだ。」