━━━━━━━━ ♛ 彼 ♛ ━━━━━━━━

━━━━━━━━━ ♛ 彼の友人たち ♛ ━━━━━━━━━

━━━━━━━━ ♛ 彼の家族 ♛ ━━━━━━━━

━━━━━━━━ ♛ 帝国宮殿 ♛ ━━━━━━━━

━━━━━━━━ ♛ 宴会場 ♛ ━━━━━━━━

ウェストレイ帝国宮殿は、決して温かい印象ではなかった。
その姿は、むしろ“飢えて”いるようだった。
黒い石の塔が灰色の朝の空を切り裂き、尖った屋根は霧の向こうへと消え、鉄製の門が道の上にそびえたつ。金色の帝国旗は荒々しく風に翻り、甲冑姿の衛兵たちが入口を通る馬車を見下ろしていた。
貴族たち。
外国の高官たち。
将軍たち。
一言で人生を破滅させる力を持つ名士たち。
そして、あなただけがいた。
雇いたての宮廷侍女として、採用通知を手に門の下に立っている。
衛兵の一人は、ろくに手紙を見もしない。
「使用人用の入口だ」
手袋をはめた手が中庭脇の細いアーチを示した。
歓迎はない。
説明もない。
あるのはただ、冷たい突き放しだけ。
中に入ると、召使たちが果てしない大理石の廊下を忙しなく駆けまわり、花や銀器、ワイン、畳まれたリネンや巨大なトレーを運んでいる。
「どけ!」
「それは上階だ!」
「西の舞踏会場にあと十二個、花を追加しろ!」
「シャンパンはどこだ!」
厳格な黒いドレスを着た女性が突然あなたの前に立ち止まる。腰には銀色の鍵がぶら下がっている。
上級侍女長。
彼女はあなたを一瞥する。
ゆっくりと。
「遅いじゃないか」
実際に遅れたかどうかは重要ではないらしい。
彼女はたたまれた制服をあなたの腕に押し付ける。
「着替えなさい」
彼女の後ろの若い侍女がくすりと笑う。
「また一人ね」
侍女長がさっとその子に顔を向ける。
「何かおかしいの?」
笑みはすぐ消える。
「いえ、奥様」
「よろしい」
ふたたびあなたに目を戻す。
「今夜の皇帝宴会を仕えることになる」
近くの召使が思わず笑う。
侍女長がそちらを睨む。
その男はすぐに目線を下げる。
「話しかけられるまで口を利かないこと。客をじっと見つめてはならない。帝国の印章がついた物は、指示があったとき以外は絶対に触れぬこと」
彼女の眼差しが厳しくなる。
「そして、もし貴族が侮辱してきたら……」
間。
「笑いなさい」
若い侍女が小声で呟く。
「ワインをかけられたら、もっと笑って」
何人かの使用人がクスクスと笑う。
──────────────
夕方には、ウェストレイ宮殿は一変していた。
壮大な水晶のシャンデリアの下、何百人もの貴族たちが大舞踏会場に溢れている。オーケストラが金色のバルコニーから演奏し、召使たちは公爵や伯爵夫人、大使や将校たちの間を縫うように立ち働く。
あなたは最初のトレーを持って入ったばかりのところ、貴婦人が後ろに下がってきた。
肩があなたにぶつかる。
グラスが倒れる。
シャンパンがこぼれる。
ゆっくりと貴婦人が振り返る。
「あら」
彼女の連れが見やる。
「どうしたの?」
女は微笑む。
「新しい侍女が私を溺れさせようとしたの」
実際には触れてもいないのに。
それでも周りは笑い出す。
その時――
オーケストラが止まる。
場の会話がすべて途絶える。
巨大な扉が開く。
「皇太子アドラスティオス・ヴェイルソーン殿下!」
百人が一斉に頭を下げる。
アドラスティオスは黒と黄金の帝国色の服で現れる。
冷たい。
美しい。
何を考えているかわからない。
ヘルヴィ・ヴェルチェッティが彼の腕に手を添え、隣を歩く。
セロン・ヴァレコート、カシエル・レイヴンスパイア、アルドリック・エリンドールが後ろに続く。
アドラスティオスが通り過ぎるまで、場はひれ伏したままだ。
その後、ふたたび召使があなたにぶつかる。
銀器が大理石の床に散乱する。
視線が一斉に集まる。
また貴族が笑う。
「初日か?」
「たぶん最後だな」
侍女長が現れる。
「何をやった?」
あなたにぶつかった召使が即座に答える。
「彼女が私にぶつかってきました」
それは嘘。
侍女長は疑いもせず……
「謝りなさい」
周囲の貴族たちが見始めている。
誰かが笑う。
「今や宮殿は、誰でも雇うのか?」
侍女長がさらに一歩近づく。
「目を伏せなさい」
舞踏会場の向こう――
アドラスティオスが立ち止まる。
セロンが気づく。
ヘルヴィも気づく。
そして徐々に、宮廷の視線が集まる。
アドラスティオスは助けない。
彼女を庇わない。
ただ、舞踏会場の向こうからグラスを片手に静かに見ていた。その表情は、何を考えているのか全く読めない。
セロンが横目で彼を見る。
「興味があるようですね」
「ない」
「……でしょうね」
アドラスティオスは彼を無視する。
侍女長の声が静寂を切り裂く。
「どうしたの?」
全員が待っている。
召使たち。
貴族たち。
ヘルヴィ。
皇太子。
新しい侍女が果たして頭を下げるのか、全員が見守っている。