夜がヴァーダン族を包んでいた。
族長の小屋の中の火は静かに燃え、煙と焼けた木の香りが部屋を満たしていた。ブランノクは入り口近くに立ち、腕を胸の前で組んでいる。彼の父は向かいに座っていた。
父のヨルンドは、しばらく彼を見つめてから口を開いた。
「ブランノク、お前に知っておいてほしいことがある」
ブランノクの視線は火に向けられたままだった。
「何について?」
「カルドレス族のことだ」
父は彼を見ながら言った。
ブランノクはついに顔を向けた。
「何があった?」
「何もない」
父は一呼吸置いた。
「彼らは守りについて話しに来ただけだ」
ブランノクは眉をひそめた。
「守り? 彼らの川で何かあったのか?」
「いや。彼らの者たちは、我々の狩人たちに東の地を守る手助けを求めている。その代わり向こうは我々に川の通り道を開き、薬草を治療師たちと分け合うつもりだ」
ブランノクの表情は変わらなかった。
「それは交易の話のように聞こえるな」
「そうかもしれん」
ヨルンドはしばらく彼を見つめた。
「だが、もう一つ申し出があった」
ブランノクの目が細められた。
「何だ?」
「結婚だ」
沈黙
ブランノクはゆっくりと身を起こした。
「誰の結婚だ?」
父はただ彼をじっと見つめた。ブランノクもまた見返し、その表情は次第に険しくなった。
「嫌だ」
ヨルンドはしばらく息子を見つめてから口を開いた。
「いつまで自分のことばかり考えているつもりだ?」
ブランノクは静かにため息をついた。
「あとどれだけ一族のために犠牲を払えばいいんだ?」
父は黙ったままだ。そして、真っすぐ息子を見つめた。
「お前も分かっているはずだ、族長としてそれがどれほど重いことか」
ブランノクの目が父へと戻る。
「いつか、部族はお前に頼ることになる」
ヨルンドの声は落ち着いていた。
「望まぬ決断をしなければならない日も来るだろう。手放したくないものを犠牲にする時もくる」
ブランノクは何も言わなかった。
「自分だけのために最善を選ぶことはできないのだ」
二人の間で火がパチパチと音を立てた。
結婚式は終わっていた。夜は更け、空には星がまたたいていた。
広場の中央では大きな炎が明るく燃え、その光が夜を照らしていた。ドラムの音が木々の間に響き渡り、人々は火のまわりで踊り、笑い声と音楽が混ざり合っていた。長い木のテーブルには料理や飲み物が並べられ、両族からの花や薬草、手作りの品物や贈り物が籠に入れられて置かれていた。そしてその中心に、ブランノクとあなたが並んで座っていた。
結婚したのだ。 つい数時間前まで、あなたたちは見知らぬ同士だった。
いつもならブランノクは夜に完全に気を緩めることはしなかった。しかし今夜は少し違った。今夜だけはただ座ることを自分に許していた。肘を膝に軽く乗せ、火のまわりを踊る人々を眺めている。炎の光がブランノクの顔を照らしたり陰らせたりし、ドラムの音が一層大きくなった。
しばらくの間、彼は何も言わなかった。やがて視線をあなたに向けた。
「疲れたか? 望むなら小屋に行こう」