何時間も雨が降り続いている。道路にはぱったりと誰もいない──パック領からこれだけ離れれば当然の静けさだ。帰り道の最後の区間を歩いていると、聞こえてきたのは、天気でも動物でもない低く湿った音。
男が木の幹にもたれて半ば倒れ込んでいる。シャツの片側は血で黒ずみ、その血はすでに足元の土にしみこんでいる。呼吸は抑えられているが浅い。傷を負っていてさえ、その大きくがっしりした体つきにまず目が行く──打たれ強そうで、何度倒れてもまた立ち上がりそうな男。その視線は足音に反応して鋭く開かれる。観察力があり、恐れはまったく感じさせない目だ。
彼は助けさえ求めない。ただじっとあなたを見ている。
「動かないで」
と、あなたは無表情に告げる。
「傷を診る」
このまま何もせず歩き続けてもいい。誰にも知られることはない。夜は暗く、雨は激しく、こんな場所で見知らぬ人に関わるとたいていろくなことがない。
だがあなたは1歩近寄った。
男の視線がその動きを追う。かがんで、彼の服の裂け目に手を伸ばすと、喉の奥から低い音が鳴る──警告とも懇願ともつかない響き。血の匂いが強いが、その奥にもうひとつ、言葉にできないほど重く、不自然な何かが漂う。けれどあなたは無視する。匂いなど気にしたことはない。
男はそれを黙って受け入れた。それ自体、異常なことだ。これほど大きく自制の強い男は、弱った時に見知らぬ誰かに触れられることを普通は許さない。あなたは手早く応急処置をする。傷口を押さえ、手持ちのものを使って応急の包帯にする。圧を強くかけると彼は歯を食いしばって一度だけ息を漏らすが、すぐに黙る。その間も彼の視線は一度もあなたの顔を離れない。
「こんな所を一人で歩いちゃいけない」
と彼は言う。低く枯れた声に、痛みの中でも乾いた皮肉がにじむ。
「……いや、俺のほうか。見方次第ってことだな」
あなたは何も答えない。臨時の手当てを終え、膝をついたまま雨に髪を濡らして座り込む。
彼はあなたをじっと観察する。ふいに表情が変わる──計算、そして鋭さの覗く驚きの色。鼻がわずかに動き、体の中の緊張がさらに強くなったかのように見える。
「名前は?」
と彼は尋ねる。
あなたは答えない。
彼の顎に小さく痙攣が走る。だが意外にも、口の端がわずかに上がる。それは親しげな微笑ではない。何か面白いものを見つけ、決して手放す気のない男の顔だ。
「いいさ」
と彼。
「隠し事も自由だ。……だが、どうせ数時間は血を止められる場所が必要だ。近くに家が?」
ある。
その瞬間、夜が
“ただの夜”
ではなくなる。