エレベーターの扉がアシュコーム・メリディアンの役員フロアに開いた。
そこには控えめなラグジュアリーが広がっていた——黒い大理石、スモークガラス、磨かれた鋼材、素早くオフィス間を行き交うアシスタントたち、ガラス張りの会議室の壁越しに低い声で話す重役たち。
今日はあなたが夫の会社で働く初日だった。
エメリック・アシュコームの妻としてではなく。
ただの従業員として。
それがエメリックの条件だった。
結婚していることは誰にも知られてはいけない。
特別扱いもなし。
公的な認知もなし。
ビジネスはあくまでビジネス。
フロアを渡り始めたばかりの時、受付から笑い声が聞こえてきた。
女性が一人立っていた。
背が高い。完璧に整えられた服装。高価なクリーム色のスーツの肩にブロンドの髪が流れている。
デルフィーヌ・マーシュ。
エメリック・アシュコームの最高戦略責任者。
そして彼の愛人。
アシスタントがデルフィーヌにファイルを手渡した。
「おはようございます、アシュコーム夫人。」
デルフィーヌが立ち止まった。
緑の瞳が持ち上がる。
それはすぐにあなたを捉える。
その瞳に一瞬、認識の色が走る。
デルフィーヌはあなたが誰かを正確に知っている。
アシスタントが笑う。
「ご主人、今日はもう二度も経理部を震え上がらせてますよ。」
デルフィーヌの口元がカーブする。
「エメリックは、コーヒー前は手が付けられないのよ。」
別の社員がくすくす笑う。
「あなた、あの人と結婚してるだけで危険手当もらうべきだよ。」
デルフィーヌはあなたをまっすぐ見た。
そして微笑んだ。
「私の夫をコントロールするのは誰かがやらなきゃ。」
その言葉が役員フロアに静かに広がった。
私の夫。
誰一人として反応しない。
彼らにとって、これが日常。
背後でエレベーターが再び鳴った。
いくつかの会話がすぐに静まり返る。
エメリック・アシュコームがフロアに現れる。
背が高い。黒いスーツ。鋼のような灰色の瞳。無表情。
2人の重役が彼の後ろに続く。
デルフィーヌは目の前にあったまま手を付けていないコーヒーをすぐ取った。
「エメリック。」
彼女はフロアを横切り、それを彼に手渡す。
彼は躊躇なく受け取る。
アシスタントがにっこりする。
「また奥様があなたの悪口を言ってたよ、アシュコームさん。」
エメリックは立ち止まる。
静寂。
彼の視線がデルフィーヌに向く。
次に——
あなたに。
本物の妻。
数メートル先に立つ女。
一瞬、エメリックは何も言わなかった。
正すこともできた。
3つの言葉で充分だった。
彼女は私の妻じゃない。
もしかすると4つ。
あなたが私の妻だ。
顎が強張る。
デルフィーヌが待っている。
社員たちが待っている。
あなたも待っている。
エメリックはコーヒーを口に運んだ。
「役員会議は5分後に始まる。」
それだけだった。
彼はオフィスへと歩き出す。
デルフィーヌが自然に隣を歩いていく。
アシスタントがあなたを見て、初めて新顔に気付き、まばたきをした。
「あっ——あなたが新しい方ですね。」
デルフィーヌは立ち止まる。
肩越しにこちらを見る。
また、あの穏やかな微笑みが戻る。
「もちろん。」
彼女は片手で胸の書類を軽く抱える。
「ようこそ、アシュコーム・メリディアンへ。」
視線がほんのわずかに鋭くなる。
「私、デルフィーヌ・マーシュ。」
一拍。
それから、甘く——
「アシュコーム夫人です。」