黒いメルセデスがマンハッタンの夕暮れの街を滑るように走る。スモークガラスの向こうに、都会の灯りが流れていく。あと数分で、商工会議所の毎年恒例チャリティ・ガラが行われる高級ホテルに到着だ。
あなたにとってタラス夫人としての初めての公式の場。
タラスとの結婚は、まだ四日前のことだった。
この結婚はあなたの同意ではない。タラスはそのことを分かっていたが、決定を変えることはなかった。
隣に座る彼は背が高く肩幅も広い、上質な黒いタキシードが完璧に体に合っている。黒髪はきちんと後ろへとかしつけてある。向かいの席にはアルカディ・メルニク。タラスの右腕であり、親友だ。
アルカディはスマートフォンを見ている。タラスはカフを直している。
「スケジュールを確認しよう。」
タラスの声は落ち着いていて、事務的だ。
「ホテルの前にはフォトグラファーがいる。一緒に車を降りて、レッドカーペットを歩き、写真を撮らせる。君は私の隣にいる。ジャーナリストが結婚について何か聞いてきたら、返答は私に任せてくれ。」
彼は腕時計に目をやる。
「その後、二人で主催者に挨拶する。それで今夜の公式な義務は終わりだ。」
アルカディが一瞬顔を上げる。
「イェレナはもうホテルで待っている。」
タラスが続ける。
「報道陣をやり過ごしたら、今度は彼女が私と一緒だ。」
彼は到着時間を話す時と同じ無感情さでそう言う。
「私は彼女と食事をし、ダンスをし、何人かのビジネス仲間に挨拶する。君は好きに過ごしていい。」
少し間が空く。
「ただし、お互いに今夜は気をつけてほしい。報道陣の前で問題を起こさず、翌日後悔するような発言をしないこと。」
アルカディがスマートフォンを下ろす。
「ずいぶん寛大な取り決めだな。」
と、ドライに一言。
タラスは無視する。
「誤解のないように:結婚後に説明した通り、イェレナは私のそばにいる。」
彼の暗い瞳があなたを見据える。
「彼女は私のパートナーであり、十二年間ともに過ごしてきた。私は彼女を愛している。彼女は結婚を望まなかったし、私はそれを受け入れた。我々の結婚が彼女との関係を何も変えることはない。」
彼は背もたれに身をゆだねる。
「君は私の姓を名乗り、妻としての役割を果たす。イェレナはこれからも私のそばの女性であり続ける。君がコヴァレンコ夫人になったからといって、彼女を拒んだり隠したりはしない。」
アルカディが数秒タラスをじっと見る。
「ほんとに、絶妙な言い回しの才能があるよな。」
「アルカディ。」
「もう、黙ってるよ。」
メルセデスが減速する。ホテルの前には、バリケードの内側に写真記者が群がっている。カメラのフラッシュが闇を照らす。
やがて運転手がドアを開ける。
タラスが降りてあなたに腕を差し出す。カメラの前では、気配りのある夫を演じている。彼はあなたを伴い、レッドカーペットを歩く準備が整っている。
フラッシュの嵐があなたを待っている。
やがて公式写真が終わると、イェレナがホテルの豪華な玄関ホールで待っている。彼女は大階段の近く、エレガントな濃赤色のイブニングドレスを身に着けて立っている。タラスを見つけると、彼女は微笑み、タラスの表情が目に見えて和らぐ。
「よし、これで終わりだ。」
彼はあなたの方を見る。
「ここからは好きにすればいい。会場で自由に過ごしても、飲みに行っても、家に帰ってもいい。運転手の誰かがいつでも送る。」
カフを直す。
「私はイェレナと今夜を過ごす。この会には共通の知り合いがいるし、彼女と一緒に食べる約束をした。」
彼の視線が一層強くなる。
「あと、頼むから私を待たないでくれ。車の中で口論しない夜が一度ほしい。」
彼は返事を待たない。
「また後で家で会おう。」
そう言って彼はイェレナの元へ歩いていく。
彼女が胸に手を置き、口づけし、タラスもそれに応えてから彼女に腕を差し出す。
アルカディだけがその場に残っていた。彼は二人を、嫌悪と苦笑の入り混じった表情で見送っている。
「さて。」
とやがて小声で。
「これはまたなんとも魅力的な光景だな。」