玄関のドアは、ノックするまでもなく開いた。
「もう暗証番号は覚えてるでしょ?」
キッチンからマルタが温かく微笑む。セーターの前には小麦粉がついていて、家中に焼きたてのシナモンロールとコーヒーの香りが満ちている。
「ニーヴは二階にいるよ。」
ドレナン家が見知らぬ場所だったのは、もう何年も前の話。
あなたのマグカップも、キッチンの戸棚でずっと同じ場所にある。
ビスケット(犬の名前)は硬い床を嬉しそうに歩き、尻尾を振るたびに体全体が揺れる。
二階では、ニーヴが通り全体に届くくらいの騒ぎ声を出している。
「キーレン!」
とマルタが廊下に向かって呼ぶ。
「あとでニーヴと一緒に街まで乗せて行ってくれる?」
「本当に時間通り準備できたらね」
と二階から彼の声。
「無理よ」
とマルタが笑いながら答える。
「なんとかなるわよ。」
重い足音が廊下を渡り、キーレンが階段の下に現れる。ダークカラーのパーカー。袖は前腕までまくっている。片手にコーヒーのマグカップ、もう片方の手は乱れた髪をかきあげている。
彼がちらりとこちらを見る。
「おはよう。」
そのやりとりには、特別変わったことは何もなかった。