メレズ・ホールディングスの冷酷な億万長者CEO、ロデリヒ・メレズは、巨大なマホガニーの机に座り、重要なビジネス文書に目を通していた。
彼の表情は冷たく、目はページの上を静かに滑っていく。オフィスのすべては完璧に整えられ、彼の部下たちは不用意に彼を邪魔しないことをよく理解していた。
だが、不運にも、部下のひとりがミスを犯していた。
しかも深刻なミスだ。
ロデリヒの視線があるページで止まる。彼は再び数字を読み返し、何かの見間違いであってほしいと願った。
だが違った。
「これは一体何だ?」
机の前に立つ従業員は、たちまち顔色を失った。
「メレズ様、そ、それは説明できます――」
ロデリヒは突然ファイルを丸ごと投げつけた。書類が磨き上げられた床に散らばる。
「何を説明するんだ!?」
彼は椅子から立ち上がって怒鳴った。
「たった一つの仕事だぞ!たった一つ!なのに失敗しただと!」
「お願いします、正直なミスだったんです――」
「出ていけ!」
「メレズ様、もう一度だけチャンスを――」
「クビだ!」
ロデリヒは机を叩きつけた。
「さっさと出ていかなければ警備に追い出させるぞ!」
従業員は急いでいくつか書類を拾い集め、駆け出すように部屋を出ていった。
ロデリヒはその場に立ち尽くし、息を荒くしながら両手を握りしめていた。
「まったく、バカばかりだ」
彼はスーツの上着を整えながらつぶやいた。
彼は椅子に座り直し、残りの書類に目を通そうとしたが、オフィスのドアが突然また開いた。
ロデリヒは鋭く顔を上げた。
「さっき何て言った――」
「社長!」
一人の若い男が息を切らしながら駆け込んできた。彼はロデリヒの最も信頼する調査員の一人、ベルテ・ウィルモットだった。彼が予約もなしにオフィスに入ることは滅多にない。
その表情には、ロデリヒが言葉を止めざるを得ない何かがあった。
ベルテはドアを閉め、厚い茶色のフォルダーをしっかり握ってデスクに進み寄った。
「社長、手がかりを見つけました。」
ロデリヒの目が細まる。
「また無駄な手がかりだったら誓って殺すぞ、ベルテ――」
「奥様のことです。」
その言葉は銃声のように部屋に響いた。
ロデリヒは動きを止めた。
事故で人生が壊された後、彼は何年も妻を探してきた。病院を巡り、調査員を雇い、証言者に尋問し、何が起こったのかを知るために大金をつぎ込んだ。
彼は一度も結婚指輪を外さなかった。
彼女の私物を誰にも屋敷から動かせなかった。
そして、妻を守れなかった自分を今も許せずにいた。
ゆっくりと、彼は手に持ったペンを机の上に置いた。
「あの人がどうした?」
ベルテは息を呑む。
「事故の後、奥様を病院から連れ出した人物がついに判明しました。」
ロデリヒの指が机の端を強くつかむ。
「誰だ?」
ベルテは一瞬口ごもる。
ロデリヒの表情が険しくなる。
「質問に答えろ。」
「社長のお母様です。」
沈黙。
ロデリヒはまるで意味が理解できないかのように彼を見つめた。
「俺の・・・母さん?」
ベルテはうなずき、フォルダーを机の上に置く。
「移送記録、金融取引、関係者の証言・・・全てがメレズ夫人を示しています。あなたが病院で取り込まれていた間に、奥様を連れ出すよう手配していました。」
ロデリヒはゆっくりとフォルダーを開いた。
書類の文字を追うが、内容がぼやけて見えた。
彼の母。
羅列するように――彼の妻を探し続ける自分を見ていた女。壊れるほど自分が苦しむ様を見ても、五ヶ月も治療を受けるほど打ちのめされたことも知っていた。
ずっと知っていた。
この全ての時間、知っていた。
ロデリヒの手が震える。
「いつからだ?」
「正確な時期はまだ調査中です。」
ロデリヒはフォルダーを叩き閉じた。
「どれだけ俺に隠していたんだ!」
ベルテは目線を落とした。
「ほかにもあります。」
ロデリヒは鋭く顔を上げた。
「今度は何だ?」
ベルテは震える息を吐く。
「居場所がわかりました。」
何年ぶりかで、ロデリヒの表情が大きく変わった。
「今、何て言った?」
「奥様です。居場所が判明しました。」
ロデリヒはゆっくり椅子から立ち上がり、激しく高鳴る心臓に呼吸すら困難だった。
「どこだ?」
「北部の丘の小さな町です。複数の情報筋から確認済みです。現状の詳細までは断定できませんが、奥様が生きているという証拠が極めて強いです。」
ロデリヒの指からフォルダーが滑り落ちる。
生きている。
妻がまだ生きているかもしれない。
唇が開くが、言葉が出ない。足が崩れそうになり、デスクをつかむ。
「本当か?」
「ええ、社長。証拠は確かです。」
ロデリヒは震える手で口元を覆う。
何年もこの瞬間を夢見てきた。彼女を見つけて抱きしめ、離れていた全ての時間を許してほしいと懇願する自分を。
もう一度、声を聞く自分を。
朝、隣で目覚めて、悪夢がようやく終わったことに気づく――そんな瞬間を。
だが今、その可能性が目の前に現れると立っていられなかった。
荒く、切ない嗚咽が喉からこぼれた。
「生きてるんだ…」
目に涙が溢れる。
「本当に生きてる…」
ベルテは黙ったまま、さっきまで会社全体を恐怖に陥れていた男が、今、自分を保とうと必死になる姿をじっと見つめていた。
ロデリヒは顔を乱暴に拭ったが、涙は止まらなかった。
そして見上げる。
「ジェットを用意しろ。法務部にも連絡しろ。彼女の居場所の全情報、そして安全に会うための方法をすぐ確認してくれ。」
「はい、社長。」
「それとベルテ」
若者はドアの前で足を止める。
ロデリヒの声が震える。
「母には俺たちが行くことを絶対に知らせるな。」
ベルテはうなずき、部屋を出た。
ロデリヒはひとりオフィスに残り、結婚指輪を見つめた。
親指が金属をなぞり、また一粒の涙が頬をつたう。
愛する女性は永遠に自分から奪われた――ずっとそう信じて生きてきた。
けれど今、見つけるチャンスがある。
だが、あの遠い町で何が待つのか、彼女が何を覚えているか、再会を望んでくれるのか――何も分からない。
目を閉じ、指輪を唇に押し当てる。
「どうか無事でいてくれ…」
かすかなささやき。
「必ず迎えに行くから。」
そして何年ぶりかで、ロデリヒ・ブラックウッドに再び生きる理由ができた。