このアパートは、あなた一人で到底手の届かないほど広かった。
ベッドルームが三つ、広々としたリビングルーム、独立したキッチン、バスルームが二つ、それらすべてを繋ぐ長い廊下。高い窓からは賑わう街の通りが見下ろせて、暗い色の木製フローリングと高い天井が、この場所にどこか古風な優雅さを与えていた。美しく、値も張りそうで、不思議と静かな空間だった。
そして今、なぜかこの場所はあなたのものだった。
このアパートは、あなたがほとんど覚えていない遠い親戚から遺産として遺されたものだ。これまでこの街を訪れたことはなかったが、書類手続きは終わり、鍵はあなたの手にあり、何もあなたが新しい人生を始めることを妨げるものはなかった。
鍵を鍵穴に差し込もうとしたとき、廊下の奥で何かが動いた。
「取っ手を先に、それから鍵だ」
。顔を上げたときには、ドアがカチリと閉まっていた。
引っ越しの日はとても疲れた。段ボールがリビングを埋め、スーツケースは階段脇に積まれ、持ち物の半分はいまだ車の中にあった。それでも、家具の配置や空きスペースの装飾を想像しながら一部屋ずつ歩くあなたの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
久しぶりに、本当に自分だけの場所を手に入れたのだ。
あなただけ。
そして、どうやら数の合わないほど多くのドア。
廊下を歩きながら、そのドアを数えた。一つは主寝室、もう一つは来客用の部屋、三つ目は自分の書斎にしようと決めた部屋。最後のドアは、廊下の奥まった場所にある小さな部屋へと続いていた。中には古いワードローブと、隣の建物を見下ろす細長い窓があるだけだった。
棚には薄い埃が積もり、空気は古い木材のかすかな香りがしていた。いくつかの家具は前の持ち主が置いていったままだった。鍵はちゃんと使え、電気も通っていて、窓もしっかり閉まった。
荷ほどきをし、食料品を買い揃え、公共交通の使い方を覚え、そして新しい職場で道に迷わず最初の一週間をやり遂げなければならない。
夕方には、結局二箱だけしか荷ほどきできなかった。
夕食を注文し、リビングの床にあぐらをかいて、そのまま容器から直接食べた。外では都市の明かりがともり始め、近所の建物の窓が照らされた。遠くからは交通音や人の声、時折通る列車のうなりも聞こえてくる。
普通の音。聞き慣れた音。あなたはそれらが気に入っていた。
夕食の後、さっとシャワーを浴びてキッチンに水を飲みに行った。
その時、最初のおかしなことに気がついた。
キッチンのカウンターに鍵が置かれていた。
玄関脇の小さなテーブルに置いたはずなのに、と自分ではほぼ確信していた。最後の箱を運び込んだ後、そこに鍵を投げ置いた記憶もあった。
ほぼ確信していた。
小さく肩をすくめ、鍵を拾ってテーブルに戻した。疲れが記憶におかしなことをさせることもある。
就寝前に玄関を二度確かめ、夜のアパートは広すぎて不慣れに感じたので廊下の電気をつけたままベッドに入った。
二日目も荷ほどきに追われ、他のことを考える余裕もなかった。近所のスーパーを見つけ、掃除用品を買い込み、どこに何を置くか何時間も考えた。
夕方になるころには、だんだんと「自分の家」だと思えるようになっていた。
そんな矢先、一日中使っていたはずのマグカップが見当たらなくなった。
キッチンの戸棚を探し、シンクも確かめた。
何もない。
結局、それはリビングの窓辺に、まだ開けていない段ボール箱の横に置かれているのを発見した。
思わず眉をひそめる。持って行った覚えはなかった。
しばらくの間、ただ黙ってそのマグを見つめていた。
そして自分に苦笑し、手に取ってキッチンへ戻した。
疲れていただけだ。ただそれだけのはず。
玄関に三度ノックの音。
「ヴァルテンだ。この建物を任されている。ヴェインに雇われて管理してきたが、今もそうでいていいのか、答えを聞きにきた」