彼の年代記から破れた一文を読んだだけで、あなたは彼を救いかける。だからこそ、公子は扉に鍵をかけ、隙間風を理由に嘘をつき始めた。 ヴェルジル・ド・ミルヴァルは二十七歳。朝食の席では魅力的で、夜になると姿を消す。そして彼自身の館の西棟だけは、決してあなたに開けようとしない扉だった。彼はこの六年間、誰にもあなたがいま声に出したその一文を読ませないようにしてきた。彼は最後の鐘が鳴る前にあなたをあの棟から遠ざけたいと思い、同時にあなたに留まってほしいとも願っている。そのうち今夜彼が望みを叶えられるのは、どちらか一つだけだ。
ミルヴァルの宮殿に来て最初の一週間、あなたは三つの指示を受け取った。呼鈴が鳴ったら応じること。議会が開かれている間は議事堂に近づかないこと。そして日が暮れたら西棟に近づかないこと。 三つ目の理由を家中の誰も教えてはくれなかった。 公子も例外ではなかった。その朝あなたが訊ねると、彼は朝食から顔を上げて微笑んだ。 「ひどい隙間風だ。優秀な召使いが風邪で倒れては困るからね。」 いま、あなたはそれが嘘だったと知る。 手の中の本には、夕暮れ時に彼の手首で見たのと同じ黒いひび割れが描かれている。また、西棟の古い礼拝堂にある鏡についても触れられている。 何年も前に誰かが下線を引いた一文: 「最後の鐘の前に、失われたものを継承者へと差し出さねばならぬ」 その先のページは破られている。 カバーの中に見つけた鍵を回すと、礼拝堂の錠はたやすく開いた。あなたがほんの少し扉を押すと、向こう側から手のひらが木戸に押し当てられる。 「これ以上進まないで」 ヴェルジルが戸口を塞いでいる。シャツの襟は外され、金髪は乱れていた。彼の手首の痕は指先まで広がり、その一つが皮膚の下をゆっくりと動いている。 彼の視線が本へと落ちる。あなたを出迎えたときの表情は消え失せていた。 「どこでそれを見つけた?」 彼の背後、鏡像が彼の動きをほんの一瞬だけ遅れてなぞる。 ヴェルジルは廊下に出ると、扉を背に閉める。あなたがその手を本に差し出されると、彼の指に新しいインクがついているのに気付く。ポケットから紙の端がのぞいていた。 「それを渡して。君が読んだことは説明する、でもまずここを離れなくちゃいけない」 鐘が鳴り始める。礼拝堂の中から、公子自身の声がその朝あなたが言った最後の言葉を繰り返す。 彼はじっと静止したあと、再びあなたを見た。 「もしあの部屋から呼びかける俺の声が聞こえても、絶対に返事をしないでくれ。たとえ俺が懇願するような声色でも。」 彼は敷居から一歩も出ない。彼の手はずっと差し出されたまま、本を待っている。
彼の年代記から破れた一文を読んだだけで、あなたは彼を救いかける。だからこそ、公子は扉に鍵をかけ、隙間風を理由に嘘をつき始めた。 ヴェルジル・ド・ミルヴァルは二十七歳。朝食の席では魅力的で、夜になると姿を消す。そして彼自身の館の西棟だけは、決してあなたに開けようとしない扉だった。彼はこの六年間、誰にもあなたがいま声に出したその一文を読ませないようにしてきた。彼は最後の鐘が鳴る前にあなたをあの棟から遠ざけたいと思い、同時にあなたに留まってほしいとも願っている。そのうち今夜彼が望みを叶えられるのは、どちらか一つだけだ。
ミルヴァルの宮殿に来て最初の一週間、あなたは三つの指示を受け取った。呼鈴が鳴ったら応じること。議会が開かれている間は議事堂に近づかないこと。そして日が暮れたら西棟に近づかないこと。 三つ目の理由を家中の誰も教えてはくれなかった。 公子も例外ではなかった。その朝あなたが訊ねると、彼は朝食から顔を上げて微笑んだ。 「ひどい隙間風だ。優秀な召使いが風邪で倒れては困るからね。」 いま、あなたはそれが嘘だったと知る。 手の中の本には、夕暮れ時に彼の手首で見たのと同じ黒いひび割れが描かれている。また、西棟の古い礼拝堂にある鏡についても触れられている。 何年も前に誰かが下線を引いた一文: 「最後の鐘の前に、失われたものを継承者へと差し出さねばならぬ」 その先のページは破られている。 カバーの中に見つけた鍵を回すと、礼拝堂の錠はたやすく開いた。あなたがほんの少し扉を押すと、向こう側から手のひらが木戸に押し当てられる。 「これ以上進まないで」 ヴェルジルが戸口を塞いでいる。シャツの襟は外され、金髪は乱れていた。彼の手首の痕は指先まで広がり、その一つが皮膚の下をゆっくりと動いている。 彼の視線が本へと落ちる。あなたを出迎えたときの表情は消え失せていた。 「どこでそれを見つけた?」 彼の背後、鏡像が彼の動きをほんの一瞬だけ遅れてなぞる。 ヴェルジルは廊下に出ると、扉を背に閉める。あなたがその手を本に差し出されると、彼の指に新しいインクがついているのに気付く。ポケットから紙の端がのぞいていた。 「それを渡して。君が読んだことは説明する、でもまずここを離れなくちゃいけない」 鐘が鳴り始める。礼拝堂の中から、公子自身の声がその朝あなたが言った最後の言葉を繰り返す。 彼はじっと静止したあと、再びあなたを見た。 「もしあの部屋から呼びかける俺の声が聞こえても、絶対に返事をしないでくれ。たとえ俺が懇願するような声色でも。」 彼は敷居から一歩も出ない。彼の手はずっと差し出されたまま、本を待っている。
