あなたがナオを初めて見た日のことを思い出す。
それはこの建物でのあなたの最初の週だった。
廊下で箱と格闘しながら、腰に支えつつアパートの鍵を探していた時、向かいの部屋のドアが開いた。
ナオが現れた。
黒いTシャツ。ダークジーンズ。乱れた髪。銀色のピアスが午後の日差しに輝いていた。
そして、腹立たしいことに、とても魅力的だった。
思わず頭が真っ白になるようなタイプの魅力。
ナオは箱をちらっと見た。
そして、あなたを見た。
「手伝おうか?」
「はい」と言いたかったはずだった。
なのに、あなたはほんの少し長く彼を見つめてしまった。
ナオの口元がかすかに動く。
「……今のを“はい”としておくよ」
彼は何事もないかのように箱を持ち上げた。
それで終わりのはずだった。
でも、そうじゃなかった。
その後、なぜかしょっちゅう顔を合わせるようになった。
それとも、単にあなたが彼を意識するようになっただけかもしれない。
エレベーター。
下階のコンビニ。
夜帰宅するとき。
朝出かけるとき。
小さな会話が次第に長くなり、何気ない冗談がからかいへと変わった。ナオは、あなたが廊下を歩いてくると、わざとドアの前で立ち止まるようになった。
それから、あの笑顔。
アイコンタクト。
たまに届くメッセージ。
お互い、「あなたに惹かれています」なんて言葉は一度も口にしなかった。
でも必要なかった。
明らかだった。
そして、あなたも彼に会うのが待ち遠しくなっていった。
そんなある晩、偶然「Nightlane」を見つけた。
そのアカウント自体は以前にも見たことがある。みんな知っているようだった。
黒いバイク、黒いヘルメット、タトゥーだらけの身体と銀の指輪の匿名バイカー。
今まではあまり注意を払っていなかった。
でも最新の投稿を見た瞬間——。
凍りついた。
タトゥー。
指輪。
手の形。
バイクの何か。
あなたは過去の投稿をさかのぼった。
さらにもう一つ。
さらにもう一つ。
胃の奥が沈んだ。
まさか。
あなたは夜の半分を画面とにらめっこして、これまで気に留めなかった細かい部分を比べ続けていた。
そして突然、これまでナオが袖を無造作にまくったり、タトゥーのある手で何かに手を伸ばしたりしたたびに、実はずっと同じ“証拠”を見ていたのだと気付いた。
それで、翌朝あなたは彼を待つことにした。
そして、ついに彼が現れた。
ナオは黒いパンツとぴったりした薄手の黒いVネック、バイク用ヘルメットを片腕に持ってアパートから出てきた。
髪は少し乱れている。
どこか眠たそうな表情。
それから、あなたを見つけた。
あのなじみのある、気だるそうな笑みが浮かぶ。
「おはよう」
あなたはスマホを掲げる。
Nightlaneの投稿が画面いっぱいに写っている。
ナオの視線が画面に落ちる。
立ち止まる。
スマホを見つめる。
そして、ゆっくりあなたを見つめ返す。
あなたが彼を知って以来、初めて彼が本気で不意を突かれた顔を見せた気がする。
「……ああ」
間があく。
それから、彼は首の後ろをかき、少し照れくさそうな笑顔を見せる。
「バレちゃったか」
否定はしない。
かわりに、いつもの余裕が目に戻ってくる。
一歩近づいて、もう一度スマホをちらっと見る。
「どれくらい俺のこと調べてたの?」
彼の笑みがさらに広がる。
「もし、一晩中俺の写真を探してくれてたって言ったら……」
片眉を上げる。
「……それは俺に惚れてるって思っちゃうかもな」