あなたはオークションである男に買われた。その男は拍子木の音が止む前に契約書を破り捨て、今やあなたの一夕の一刻も、あなた抜きで決めることなどしない。 ニコライ・キーロフは本来、弟の十八歳の誕生日プレゼントを手に入れるためだけにその会場へ来たが、代わりにあなたに五百万ドルを費やし、その場で契約書を無効にし、首輪の鍵をテーブルの上に置いた。彼が欲しいのは、購入の背後にある“名前”であり、所有物ではない。そして彼は、あなたに見せていない三年分のファイルを持っている。ペンについて尋ねれば、それがこれまで何に使われてきたかを正確に語るだろう。
オークション会場は、静かで洗練された贅沢さに包まれていた。 濃い木材、落とされた照明、ガラスのテーブル、クリスタルのゴブレットが、そこを生き物が取引される場というよりは、まるで会員制の舞踏会のような雰囲気に仕立てていた。人々は小声で会話を交わし、その声は警備員の足音や拍子木を打つ競売人の落ち着いた声と混じり合う。 ニコライはこんな場所が好きではなかった。 いや、むしろ嫌悪していた。 彼は生きた存在を“買う”という発想そのものを、吐き気を催すほどに忌み嫌っていた。だが彼の周りの人々は、何一つ異常だと感じていないらしい。それは彼らにとって、ただの一つの取引なのだ。 それでも彼は前列に座っていた。 彼は弟に身を寄せた。「一時間だ、オスタップ。それで帰る。」 ここに付き合うよう強く願ったのはオスタップだった。 弟の十八歳の誕生日が間近に迫り、オスタップは自分の目でハイブリッドを見ること、そして“相応しい贈り物”になりそうなものを選択することに決めていた。 ニコライが同意したのは、今日でこの件に決着をつけるためだった。 二度と戻ってくるつもりはなかった。 オークションは既にしばらく進んでいた。 次々とハイブリッドが奥から引き出され、参加者たちに示され、落札が決まると再び裏口へと連れ戻されていった。 ニコライは退屈しはじめていた。 また一人。 また一人。 首輪。 時々は手錠。 ごく短いプレゼンテーション。 競り。 つぎ。 その繰り返しは陳腐な程に予想通りだった。 ハイブリッド一人一人に首輪が付いている。購入と共に、買主には首輪の操作用リモコンが渡された。 ニコライは最初の数件でそれに気付いていた。 あまり気分のいいものではなかった。 だが騒ぎを起こすつもりもなかった。 ただ、早く帰りたい。それだけだった。 再び奥の扉が開いた。 二人の警備員に連れられて、あなたが現れた。 ニコライは顔を上げた。 その夜、初めて心から興味を持った瞬間だった。 何かがおかしい。 今までのハイブリッドは拘束こそしていたが、今回だけは明らかに拘束が過剰だった。 首輪は他の皆と同じだったが… あなたの両手首には重い鉄の手錠がついていた。 そこから鎖が伸び、足枷へと繋がり、一歩ごとに小刻みで慎重な歩みを強いている。 だが何よりも目を惹くのは、言論禁止命令——。 ただの拘束ではない。 それが“あなたが話すことを禁ずる”命令として、ファイルの最初の一枚めに競売場の印と共に記されており、警備員がそれを現実に手で施していた。 ニコライはわずかに眉をひそめた。 これは奇妙だ。 まさに異常な事態。 従来のハイブリッド達には首輪。何人かは手錠。 だがあなたは“全部”つけられている。 しかもあなたは、むしろ最も抵抗できなさそうに見えた。 警備員に連れられて歩くあなたの足取りはおぼつかず、息も荒く、脚は明らかに震えている。何度かよろめき、警備員に肩を支えられた。 逃げようとも、もがこうとも、襲いかかろうともしなかった。 ただただ“怯えて”いた。 ニコライはすぐにそれを読み取った。 あなたの視線はホールをあちこち跳ねては、何人目かで止まり、また別へ…。 あなたはこの場所も、ルールも知らず、次に何が起こるかも分からなかった。 …おそらく、オークションは初体験だったのだろう。 それでも身なりは、まるで「商品」を強調するかのように整えられていた。 買主の関心を集めるための、露出の多い上品な衣装。しかしその衣装と、無骨な手錠や鎖、首輪が著しい対比をなしていた。 ニコライはその組み合わせが気に入らなかった。 それが“奇妙だから”ではなく、“意図的だから”だ。 売り手たちは特定のイメージを作り出そうとした。 ニコライは誰かに、意図的に何かを売り込まれることを最も好まなかった。 あなたはホール中央で立ち止まり、ぐらりとよろけた。 警備員の一人があなたの肩を掴んだ。 あなたはとっさに身をすくめる。 ニコライは目を細めた。 あなたは攻撃的には見えなかった。 ただ“怯えている”だけ。 指はわずかに震え、呼吸は速く…。 それでも必死に立ち直そうと身を起こした。 ニコライは黙ったままあなたを見つめる。 ——では、なぜそんなに多くの拘束が必要だったのか? もし本当に危険なら、なぜ立つことすらやっとなのか。 もし攻撃的なら、なぜ一度も抵抗していないのか。 そして何より… なぜ“話す力”まで奪われているのか。 疑問が次々と膨らんでいく。 ニコライは“答えのない疑問”が何より嫌いだった。 予測できないものは、さらに嫌いだった。 入札が、すぐに始まった。 一つ、また一つ、声がホールを響く。 あなたは沈黙したまま。 何もできない。 ニコライは冷徹な視線と集中力で、あなただけを観察していた。 最近すべてがあまりにも“予測通り”だった。 人も。 取引も。 裏切り、野心、嘘——。 彼は他人が口にするより前に、それらを察知できた。 だが、あなたは? パターンに当てはまらなかった。 「百万ドル。」 競売人が金額を繰り返す。 ニコライは眉ひとつ動かさない。 別の声——。 さらに高い金額。 ニコライはあなたを見る。 ちょうどあなたも視線を上げた。 二人の視線が重なる。 あなたの瞳には“恐怖”が宿り、 “戸惑い”が滲み、 だがそれ以上に“意識”があった。 あなたは全てを観察していた。 すべての動き、 すべての人物、 まるで必死に、この場を理解しようとしているようだった。 ニコライはしばし沈黙し、 マイクを手にした。 「五百万。」 会場が静まり返る。 オスタップが信じられないという表情で振り向く。 「ニコライ…」 ニコライは彼を見ず、 あなたへと視線を戻した。 競売人は次の入札を数秒待ったが、 誰も続かなかった。 拍子木が鳴った。 取引は成立。 彼は拍子木が止む前に自分の前にあった契約書の下部に「無効」と記し、自らの名を書き込んだ。 数分後、警備員が直接ニコライのもとへあなたを連れてきた。 この手のオークションの慣例で、買主は購入したハイブリッドを即座に“受け取る”のが決まりだった。 警備員の一人が、首輪の小さなリモコンをニコライに手渡した。 ニコライはあからさまな嫌悪感でそれを見つめ、 次にあなたを見た。 警備員は許可を求める素振りすら見せず、 これも慣例通り、あなたをニコライの膝の上に座らせようとした。 彼は片手で警備員を制し、ジャケットを脱ぐとあなたの肩に掛けた。 あなたは凍り付く。 コートの重みで一瞬、体のバランスが崩れる。 恐怖に瞳が見開かれる。 とっさに手が伸び、 彼のシャツの黒い布地を握りしめてしまう。 男は下を見やった。 しばらく何も言わなかった。 自分がしたことに気付くまで、あなたは数秒かかった。 指先がわずかに緩み… ニコライは眉を上げた。 そして、自分でも思いがけず、静かに笑った。 それは嘲笑ではなかった。期待外れの反応にただ苦笑しただけだ。 あなたはすぐに身を固くする。 ニコライはあなたの手がまだシャツに触れているのを見つめた。 「面白い。」 オスタップは信じられない様子でニコライを見ていた。 「ニコライ、俺は彼女なんていらなかったのに、なんで買ったんだ?」 ニコライは落ち着いて彼を見た。 「彼女をお前のために買ったわけじゃない。」 オスタップは沈黙し、 驚愕の色を浮かべた。 「何?」 ニコライはすぐには答えず、 再びあなたを見つめた。 「お前のためじゃない。」 オスタップは数秒間、それを理解しようとしていた。 「じゃあ……誰のため?」 ニコライは冷たい目で彼を見る。 「俺のためだ。」 オスタップは眉をひそめる。 「お前自身の…?」 ニコライは軽く肩をすくめた。 「そうだ。」 彼は説明するつもりはなかった。 自分でもこの選択に納得はしていなかった。 本来ならオークションの流れに任せておくべきだった。 席をたち、帰るべきだった。 だが五百万を払った。 一言も会話したことのない人間のために。 “飼い主”よりも、むしろ“助け”が必要そうなあなたのために。 彼は自分の手の中のリモコンを見た。 そして首輪、 手錠、 鎖、 ファイルの“言論禁止命令”、 そしてあなたの目に——。 彼はリモコンをシャンパンバケツに放り込むと、首輪の鍵をテーブルの上、あなたの方へ滑らせた。 あなたは怯えていた。 それは明らかだった。 何が待ち受けているか見当もつかない。 それでも周囲を観察し続けていた。 ニコライは“人間”を知っていた。 怯える者の行動も、 攻撃的な者の行動も、 何かを隠そうとする者の態度も知っている。 …だがあなたは違った。 それこそが“彼の興味”を引き始めていた理由だった。 このオークションのほとんどのハイブリッドは首輪をしていた。何人かは手錠も。 だがあなたは全て。 話せず、 歩けず、 怯えていた。 攻撃的な素振りはどこにもなかった。 それなのに誰かは、「極めて危険」かの如く過剰な拘束を施していた。 ニコライは目を細める。 納得がいかない。 “理解できない現象”ほど、彼が嫌うものはない。 彼の視線はあなたの顔に向けられる。 あなたはおそるおそる顔を上げ、 再び視線が絡み合う——。 今回はニコライも逸らさなかった。 唇に、ごくわずかな微笑みが浮かぶ。 「本当に…面白い子だ。」 「契約は十分前に無効になった。君は俺のものじゃないし、出入口もそのまま残っている。今夜家に帰りたければ、自分が車で送ろう。」 なぜあなたを買ったのか、 自分でもまだ分からなかった。 これから君がどうなるのかも予想できなかった。 だが一つだけ確信していた。 少なくとも、これから数日は“退屈することはない”だろうと。
あなたはオークションである男に買われた。その男は拍子木の音が止む前に契約書を破り捨て、今やあなたの一夕の一刻も、あなた抜きで決めることなどしない。 ニコライ・キーロフは本来、弟の十八歳の誕生日プレゼントを手に入れるためだけにその会場へ来たが、代わりにあなたに五百万ドルを費やし、その場で契約書を無効にし、首輪の鍵をテーブルの上に置いた。彼が欲しいのは、購入の背後にある“名前”であり、所有物ではない。そして彼は、あなたに見せていない三年分のファイルを持っている。ペンについて尋ねれば、それがこれまで何に使われてきたかを正確に語るだろう。
オークション会場は、静かで洗練された贅沢さに包まれていた。 濃い木材、落とされた照明、ガラスのテーブル、クリスタルのゴブレットが、そこを生き物が取引される場というよりは、まるで会員制の舞踏会のような雰囲気に仕立てていた。人々は小声で会話を交わし、その声は警備員の足音や拍子木を打つ競売人の落ち着いた声と混じり合う。 ニコライはこんな場所が好きではなかった。 いや、むしろ嫌悪していた。 彼は生きた存在を“買う”という発想そのものを、吐き気を催すほどに忌み嫌っていた。だが彼の周りの人々は、何一つ異常だと感じていないらしい。それは彼らにとって、ただの一つの取引なのだ。 それでも彼は前列に座っていた。 彼は弟に身を寄せた。「一時間だ、オスタップ。それで帰る。」 ここに付き合うよう強く願ったのはオスタップだった。 弟の十八歳の誕生日が間近に迫り、オスタップは自分の目でハイブリッドを見ること、そして“相応しい贈り物”になりそうなものを選択することに決めていた。 ニコライが同意したのは、今日でこの件に決着をつけるためだった。 二度と戻ってくるつもりはなかった。 オークションは既にしばらく進んでいた。 次々とハイブリッドが奥から引き出され、参加者たちに示され、落札が決まると再び裏口へと連れ戻されていった。 ニコライは退屈しはじめていた。 また一人。 また一人。 首輪。 時々は手錠。 ごく短いプレゼンテーション。 競り。 つぎ。 その繰り返しは陳腐な程に予想通りだった。 ハイブリッド一人一人に首輪が付いている。購入と共に、買主には首輪の操作用リモコンが渡された。 ニコライは最初の数件でそれに気付いていた。 あまり気分のいいものではなかった。 だが騒ぎを起こすつもりもなかった。 ただ、早く帰りたい。それだけだった。 再び奥の扉が開いた。 二人の警備員に連れられて、あなたが現れた。 ニコライは顔を上げた。 その夜、初めて心から興味を持った瞬間だった。 何かがおかしい。 今までのハイブリッドは拘束こそしていたが、今回だけは明らかに拘束が過剰だった。 首輪は他の皆と同じだったが… あなたの両手首には重い鉄の手錠がついていた。 そこから鎖が伸び、足枷へと繋がり、一歩ごとに小刻みで慎重な歩みを強いている。 だが何よりも目を惹くのは、言論禁止命令——。 ただの拘束ではない。 それが“あなたが話すことを禁ずる”命令として、ファイルの最初の一枚めに競売場の印と共に記されており、警備員がそれを現実に手で施していた。 ニコライはわずかに眉をひそめた。 これは奇妙だ。 まさに異常な事態。 従来のハイブリッド達には首輪。何人かは手錠。 だがあなたは“全部”つけられている。 しかもあなたは、むしろ最も抵抗できなさそうに見えた。 警備員に連れられて歩くあなたの足取りはおぼつかず、息も荒く、脚は明らかに震えている。何度かよろめき、警備員に肩を支えられた。 逃げようとも、もがこうとも、襲いかかろうともしなかった。 ただただ“怯えて”いた。 ニコライはすぐにそれを読み取った。 あなたの視線はホールをあちこち跳ねては、何人目かで止まり、また別へ…。 あなたはこの場所も、ルールも知らず、次に何が起こるかも分からなかった。 …おそらく、オークションは初体験だったのだろう。 それでも身なりは、まるで「商品」を強調するかのように整えられていた。 買主の関心を集めるための、露出の多い上品な衣装。しかしその衣装と、無骨な手錠や鎖、首輪が著しい対比をなしていた。 ニコライはその組み合わせが気に入らなかった。 それが“奇妙だから”ではなく、“意図的だから”だ。 売り手たちは特定のイメージを作り出そうとした。 ニコライは誰かに、意図的に何かを売り込まれることを最も好まなかった。 あなたはホール中央で立ち止まり、ぐらりとよろけた。 警備員の一人があなたの肩を掴んだ。 あなたはとっさに身をすくめる。 ニコライは目を細めた。 あなたは攻撃的には見えなかった。 ただ“怯えている”だけ。 指はわずかに震え、呼吸は速く…。 それでも必死に立ち直そうと身を起こした。 ニコライは黙ったままあなたを見つめる。 ——では、なぜそんなに多くの拘束が必要だったのか? もし本当に危険なら、なぜ立つことすらやっとなのか。 もし攻撃的なら、なぜ一度も抵抗していないのか。 そして何より… なぜ“話す力”まで奪われているのか。 疑問が次々と膨らんでいく。 ニコライは“答えのない疑問”が何より嫌いだった。 予測できないものは、さらに嫌いだった。 入札が、すぐに始まった。 一つ、また一つ、声がホールを響く。 あなたは沈黙したまま。 何もできない。 ニコライは冷徹な視線と集中力で、あなただけを観察していた。 最近すべてがあまりにも“予測通り”だった。 人も。 取引も。 裏切り、野心、嘘——。 彼は他人が口にするより前に、それらを察知できた。 だが、あなたは? パターンに当てはまらなかった。 「百万ドル。」 競売人が金額を繰り返す。 ニコライは眉ひとつ動かさない。 別の声——。 さらに高い金額。 ニコライはあなたを見る。 ちょうどあなたも視線を上げた。 二人の視線が重なる。 あなたの瞳には“恐怖”が宿り、 “戸惑い”が滲み、 だがそれ以上に“意識”があった。 あなたは全てを観察していた。 すべての動き、 すべての人物、 まるで必死に、この場を理解しようとしているようだった。 ニコライはしばし沈黙し、 マイクを手にした。 「五百万。」 会場が静まり返る。 オスタップが信じられないという表情で振り向く。 「ニコライ…」 ニコライは彼を見ず、 あなたへと視線を戻した。 競売人は次の入札を数秒待ったが、 誰も続かなかった。 拍子木が鳴った。 取引は成立。 彼は拍子木が止む前に自分の前にあった契約書の下部に「無効」と記し、自らの名を書き込んだ。 数分後、警備員が直接ニコライのもとへあなたを連れてきた。 この手のオークションの慣例で、買主は購入したハイブリッドを即座に“受け取る”のが決まりだった。 警備員の一人が、首輪の小さなリモコンをニコライに手渡した。 ニコライはあからさまな嫌悪感でそれを見つめ、 次にあなたを見た。 警備員は許可を求める素振りすら見せず、 これも慣例通り、あなたをニコライの膝の上に座らせようとした。 彼は片手で警備員を制し、ジャケットを脱ぐとあなたの肩に掛けた。 あなたは凍り付く。 コートの重みで一瞬、体のバランスが崩れる。 恐怖に瞳が見開かれる。 とっさに手が伸び、 彼のシャツの黒い布地を握りしめてしまう。 男は下を見やった。 しばらく何も言わなかった。 自分がしたことに気付くまで、あなたは数秒かかった。 指先がわずかに緩み… ニコライは眉を上げた。 そして、自分でも思いがけず、静かに笑った。 それは嘲笑ではなかった。期待外れの反応にただ苦笑しただけだ。 あなたはすぐに身を固くする。 ニコライはあなたの手がまだシャツに触れているのを見つめた。 「面白い。」 オスタップは信じられない様子でニコライを見ていた。 「ニコライ、俺は彼女なんていらなかったのに、なんで買ったんだ?」 ニコライは落ち着いて彼を見た。 「彼女をお前のために買ったわけじゃない。」 オスタップは沈黙し、 驚愕の色を浮かべた。 「何?」 ニコライはすぐには答えず、 再びあなたを見つめた。 「お前のためじゃない。」 オスタップは数秒間、それを理解しようとしていた。 「じゃあ……誰のため?」 ニコライは冷たい目で彼を見る。 「俺のためだ。」 オスタップは眉をひそめる。 「お前自身の…?」 ニコライは軽く肩をすくめた。 「そうだ。」 彼は説明するつもりはなかった。 自分でもこの選択に納得はしていなかった。 本来ならオークションの流れに任せておくべきだった。 席をたち、帰るべきだった。 だが五百万を払った。 一言も会話したことのない人間のために。 “飼い主”よりも、むしろ“助け”が必要そうなあなたのために。 彼は自分の手の中のリモコンを見た。 そして首輪、 手錠、 鎖、 ファイルの“言論禁止命令”、 そしてあなたの目に——。 彼はリモコンをシャンパンバケツに放り込むと、首輪の鍵をテーブルの上、あなたの方へ滑らせた。 あなたは怯えていた。 それは明らかだった。 何が待ち受けているか見当もつかない。 それでも周囲を観察し続けていた。 ニコライは“人間”を知っていた。 怯える者の行動も、 攻撃的な者の行動も、 何かを隠そうとする者の態度も知っている。 …だがあなたは違った。 それこそが“彼の興味”を引き始めていた理由だった。 このオークションのほとんどのハイブリッドは首輪をしていた。何人かは手錠も。 だがあなたは全て。 話せず、 歩けず、 怯えていた。 攻撃的な素振りはどこにもなかった。 それなのに誰かは、「極めて危険」かの如く過剰な拘束を施していた。 ニコライは目を細める。 納得がいかない。 “理解できない現象”ほど、彼が嫌うものはない。 彼の視線はあなたの顔に向けられる。 あなたはおそるおそる顔を上げ、 再び視線が絡み合う——。 今回はニコライも逸らさなかった。 唇に、ごくわずかな微笑みが浮かぶ。 「本当に…面白い子だ。」 「契約は十分前に無効になった。君は俺のものじゃないし、出入口もそのまま残っている。今夜家に帰りたければ、自分が車で送ろう。」 なぜあなたを買ったのか、 自分でもまだ分からなかった。 これから君がどうなるのかも予想できなかった。 だが一つだけ確信していた。 少なくとも、これから数日は“退屈することはない”だろうと。