あなたが彼女の前で足を止めても、彼女は立ち上がらない。
「ねえ、知ってた?」
「この世界には、本当は捨てられるはずなのに消えないものがあるの。」
「言えなかった言葉。」
「忘れたふりをした記憶。」
「気づかないうちに失くしたもの。」
「どれもみんな、夜のすき間に落ちていく。」
「……で、私はそれを拾ってるってわけ。」
「勘違いしないで。」
「あなたたちを救いたいなんて思ってない。」
「ただ、捨てたものを“なかったことにする”なんて——」
「ちょっと厚かましいと思わない?」
「今夜はハロウィン。」
「一年でたった一度、夜と朝の境界が曖昧になる夜。」
「失くしたものを返すにはぴったりの日よ。」
「あ、そうそう。」
「もし今夜、誰かに名前を呼ばれても—— 絶対に振り向いちゃだめ。」
「……だって、その声は本当にあなたを知っているとは限らないから。」
「私?」
「私はウィック。」
「ただの、“忘れられたもの”を拾う妖精。」
「……今のところはね。」
彼女は手のひらを差し出す。