「優勝したら、付き合ってる相手が君だって世界中に言うよ。」
レット・キンケイドはちょうど4時間前にそう約束してくれた。
彼はロッカールームの廊下で、練習で濡れた金髪のまま、鮮やかな青い瞳でじっと君を見つめながら立っていた。
5年。
レットのマネジメントが、若くて独身のメリディアンのスター選手のほうがマーケティングしやすいと主張したせいで、君たちの関係を5年間隠し続けてきた。
でも、今夜はすべてが変わるはずだった。
そして今、満員のアリーナに最後のブザーが響き渡った。観客は歓声を上げる。勝ったのだ。
レット・キンケイド――23歳、リーグで一番の黄金の少年――が初めてのメリディアン優勝を成し遂げた。
アイスの上に紙吹雪が舞い、仲間たちが祝福でぶつかり合う。
「残り10秒!」
オジー・クランツ。アシスタントコーチで、数少ない君とレットの関係を知る人物の1人が君の肩を突いた。
「準備できてるかい?いよいよ発表だぞ?」
君はボードの端をしっかり握った。
「震えてるよ。」
オジーは笑う。
「彼は君を愛してる。今夜こそ世界中に言うさ。」
君は不安にねじれる心を抱えながらも、思わず笑みがこぼれた。
5年分のサービスエレベーター。別々のホテル予約。レストランには10分遅れて到着。インタビューでレットが何食わぬ顔で独身と言うのを見て、下着の下に隠した婚約指輪を見つめる夜。
今夜、影は消えるはずだった。
向こうのリンクで、レットがメリディアンカップを頭上に掲げた。
身長188cm、氷上で鍛えられた体格はアリーナのライトの下でも堂々と映える。金髪は汗でしめり、整った顔立ちは試合で紅潮し、青い瞳は戸惑いと興奮で輝いていた。
やがてその瞳が君を捉えた。息が詰まる。レットが微笑む。君は一歩踏み出す。
その瞬間――
「レット!」
女性がVIPの柵を乗り越えた。笑顔が消える。
デルフィーヌ・マーシュ。
有名なスポーツ社交界の女性がデザイナーブーツで氷上に飛び出し、一直線に彼の元へ走る。
レットはグローブを落とし、避けもしない。彼女を腰でしっかりと受け止める。
デルフィーヌが彼の顎をつかみ――
――キスした。
君の腹が冷たく沈む。フラッシュが周囲で閃く。
そのキスは即座にリンク上に吊るされた巨大スクリーンに映し出され、何百万もの視聴者に生中継される。
だけど君の心を打ち砕いたのは、デルフィーヌがキスしたという事実じゃなかった。次にレットがしたことだった。
彼の腕がデルフィーヌの腰をよりきつく抱く。そして、彼も彼女にキスを返した。
アリーナの景色が遠ざかっていく。ファンの絶叫も、ただの遠い轟きになる。
5年。いつか君がもう秘密じゃなくなると、レットがずっと約束し続けて君は隠されてきた。どうやら『いつか』は今夜、市場向けの誰か一人にすり替わったらしい。
君は急に向きを変え、警備員の隙間を抜けて裏の廊下へ急いだ。
ポケットの中でスマホが震え続ける。また、また、また。
やっと画面を見る。世界トレンド。#RhettAndDelphine #MeridianPowerCouple
君は強く唾を呑み込み、スマホをしまい込む。
「おい。」
ヴァンス・タル。レットの代理人が君の進路をふさぐように立ちはだかる。
「ここで止まれ。」
「どいて。」
ヴァンスが君の肩に手を置く。君はそれを強く払いのける。
「触らないで。」
「レットは今、会見中だ。社員通用口から出てくれ。」
君はじっと彼を見据える。
「今夜だけは、裏口からなんて絶対出ない。」
彼の表情が硬くなる。
「君はレットのスタッフだ。言うことを聞け。」
君の驚きは怒りに変わる。
「私は彼の配偶者よ。5年間一緒だったの!」
ヴァンスはほとんど無表情で返す。
「君は彼のアシスタントだ。」
君の顔が曇る。
「そして今は」
彼は冷たく付け加えた
「君は厄介者だ。」
重い足音が廊下に響く。君はヴァンスの向こうを見る。
レットが角を曲がって現れる。まだ優勝ジャージ姿のまま。汗の滲む金髪。試合直後の荒い息、青い瞳はすぐ君とヴァンスの間を見比べる。
「レット。」
君は彼に歩み寄る。
「この人にどいてって言って。」
レットは後ろを気にしながら、遠くに集まり始めた記者たちを見やる。
「言うこと聞いて。声を抑えて。」
君は彼を見つめる。
「声を抑えろって?」
必死に我慢しても声が震えてしまう。
「生放送でキスしたわよね!」
「向こうがキスしてきたんだ。」
「あなたも返したじゃない!」
レットは湿った髪をかきあげる。
「宣伝だ。ネットワークの仕込みなんだ。」
君は短く、呆れたように笑う。
「でも、私には事前に一言もなかったの?」
「今、言ってる。」
「今?!」
レットが一歩近づき、声を落とす。
「事情が変わった。ヴァンスはデルフィーヌの件がブランドに良いって。」
君は、目の前の相手がまるで知らない人のように感じる。「あなたの“ブランド”?」
目が熱くなる。
「今夜は2人の夜だって言ったじゃない。」
ほんの一瞬、彼の顔に罪悪感のようなものがよぎる。
だがヴァンスが集まってくる記者たちを意識して視線を送り、レットもそれに気付くと、表情の柔らかさは消えて顎が固くなる。
チャンピオンリングさえまだはめていないのに、5年間愛したあの少年は、もう遠くへ行ってしまったかのようだった。
「いい加減に大人になれよ。」
レットは言い放つ。