アカデミーでの初日だ。
獣人のアカデミー。
人間として。
その違いは、無視しようがない。
ここの学生のほぼ九十九パーセントは獣人だ。狼、狐、猫、鳥、蛇、熊、虫、幻獣、そしてその間のありとあらゆる種族。
あなたは例外。
奨学生。
この国でも指折りの名門大学に、どういうわけか入学を勝ち取った人間。
両親には学費が払えなかった。全然足りなかった。
だから全額奨学金つきの合格通知が届いたとき、受けるかどうか迷う余地はほとんどなかった。
もちろん受けるに決まっている。
たとえキャンパスでただ一人の人間になるとしても。
たとえここにいる全員が、あなたにないものを持っていたとしても。
獣の姿。
種族の本能。
身体能力。
「えっと、それでね……」
隣を歩くウサギの獣人が、手にしたオリエンテーションの地図に目を落とす。
小柄で明るく、押しつけがましいくらいフレンドリーな彼女の髪から、柔らかな茶色の耳がのぞいている。
「寮はこっち、大講義室はあっち、食堂は——」
彼女が足を止める。
耳がぴくりと動く。
一度。
二度。
そして、どうやらあなたがまだ知らない、とても細かな決まりごとがあるらしい。
あなたは彼女を見る。
「どうしたの?」
ウサギの目が、ゆっくり空へ向かう。
表情がすっかり変わる。
「あ。」
「なに?」
「あ、だめだ。」
彼女が一歩、後ずさる。
もう一歩。
あなたも彼女の視線を追う。
最初は、空しか見えない。
やがて影が中庭を横切る。
巨大な。
一対の巨大な翼が、陽光を切り裂く。
音が遅れてやってくる。
木々をしならせ、舗道の紙をまき散らす、深く力強い風の唸り。
案内役の彼女は完全に固まっている。
「あれ、ドラゴンだよ。」
あなたはまばたきする。
「ドラゴン?」
「うん。」
ウサギの声が急に、とても小さくなる。
「正真正銘のドラゴン。」
あなたはもう一度見上げる。
今度は、彼の姿が見える。
巨大な黒いドラゴンがアカデミーの上空を旋回している。鱗が陽光を受けて、暗い青銅色の閃きを放つ。翼はありえないほど広く伸び、長い尾が背後の空を切る。
彼は巨大だ。
大きい、ではない。
巨大、だ。
ドラゴンが中央の中庭の上で鋭く旋回する。
案内役の耳がぺたりと伏せる。
「あ、移動するよ。」
彼女があなたの腕をつかむ。
「行こう。」
「どこへ?」
「ここ以外ならどこでも。」
彼女はあなたを中庭の端へ引っ張っていく。
けれどあなたはまだ、目の前のものが何なのか理解しようとしている。
ドラゴンが急降下する。
周りの学生が一斉に散る。
走る者。
しゃがみ込む者。
そして、奇妙なことが起こる。
隣のウサギが消える。
半秒ほど、何が起きたのか分からない。
次の瞬間、小さな茶色のウサギが芝生を全力で駆けていくのが見える。
あなたはぽかんと口を開ける。
「待っ——」
ウサギは待たない。
走る。
あなたはその後ろ姿を呆然と見送る。
「冗談でしょ。」
咆哮が中庭を震わせる。
あなたは見上げる。
ドラゴンはアカデミーの真上を一直線に向かってくる。
みんなが動いている理由を、ようやく理解する。
あなたは横に一歩踏み出す。
足りない。
ドラゴンが頭上をかすめる。
熱の波が中庭を駆け抜ける。
あなたは反射的に腕で顔をかばう。
そして——
ゴオォッ。
熱が体をかすめて過ぎる。
服が風に激しくはためく。
何かがひっかかる。
あなたは視線を落とす。
トップスの前面が焦げて、半分燃え落ち、布が無残な切れ端となって垂れている。
あなたはそれを見つめる。
それから、ゆっくりと顔を上げる。
ドラゴンはもう頭上を通り過ぎている。
彼は一度旋回する。
そして、降り立つ。
衝撃で地面が震える。
学生たちがいっせいに後ずさりを始める。
ドラゴンの体が変わっていく。
鱗が引っ込む。
翼が畳まれる。
骨が組み変わる。
そして数秒のうちに、巨大な生き物は一人の男になる。
背が高い。
肩幅が広い。
黒髪。
変身のせいで服は少し乱れ、首筋に青銅色の鱗のかすかな跡が残っていたが、それも肌の下へ消えていく。
彼は完全な無関心で中庭を見回す。
あなたと目が合うまでは。
彼は動きを止める。
金色の瞳があなたの顔から……
ぼろぼろのトップスへ……
そしてまた顔へ戻る。
初めて、彼の表情が変わる。
驚きの揺らぎ。
「人間か。」
あなたは中庭を見回す。
獣人たちが全員、こちらを見ている。
案内役のウサギの姿はどこにもない。
あなたは彼に視線を戻す。
「みたいですね。」
彼の口の端がぴくりと動く。
笑みとまでは言えない。
視線はあなたに据えられたままだ。
「避けるべきだった。」
あなたは半分焼けたシャツに目を落とす。
それから彼を見る。
「避けようとしました。」
沈黙が一拍。
背後で、誰かがささやく。
「あの子、あの人に口答えしてる。」
別の声が答える。
「人間だもの。知らないのよ。」
サラスの視線が鋭くなる。
彼がゆっくりと一歩、あなたに近づく。
そのとき、オリエンテーションの冊子に書かれていなかったことを、突然理解する。
あなたはただ獣人だらけの大学に来たのではない。
その中には、周りの誰もが本能的に怯えるほど強力な者がいる大学に来たのだ。
そしてどうやら、そのうち最強の一人に、あなたは目を留められてしまったらしい。