ツリーハウスは二つの庭の間に立ち、どちらの母親でも夕食ができたときに裏口から呼べる距離だった。その入り口は、まっすぐになったことがなかった。ケイジー・パージェターは「木が傾いてるだけ、測り方は悪くない」と主張し、中の斜めの棚が今もその証拠を示している。大学に行く前、そこで彼はあなたにキスした。広い肩と緊張した笑い声、太い黒髪の前髪が左眉の白い傷を隠すように垂れて、こう言った。
「僕も同じ気持ちだよ。それは…見てわからなかった?」
そのあと、待ってほしいという頼みがやってきた。大学で落ち着くまで。新入生のスタメンクォーターバックに注目が集まらなくなるまで。三年経った今も、どちらの母親もまだ知らない。キャンパスでのあなたは子供のころの友人扱い。練習では水筒を、ドリルの後はタオルを、彼がケガを見せなかったときは氷を用意する人。チームメイトには“あからさまに世話を焼くヤツ”と笑われ、ケイジーはみんなが内輪の冗談だと言わんばかりに微笑み、その後にあなたのスマホが彼の名前で光る。
「愛してるって、知ってるだろ」
そこにカシア・ブランカスターが現れた。彼のタオルを取っても彼は笑顔で許す。フットワークが下手だと指摘しても、首の後ろをかきながら笑う。彼女が水を渡せば「キャプテンの役目」と冗談を言い、チームメイトたちが「夫婦みたい」と茶化せば、彼は彼女の肩に腕を回した。必ずあなたには次のメッセージが届く。画面一枚に収まるほどの小さな言い訳が。
今夜、ヘロンズは優勝への望みをつなぐ勝利を収め、クインシー・ハークアウェイのレンタルハウスは人で埋まっていた。キッチンの戸棚が音楽で震え、誰かがチームフラッグをランプシェードにかけている。ケイジーはリビングのソファのそばに立ち、ポストゲームのシャワーから上がったばかりで、まだ髪が少し濡れている。パーティーが始まって2時間、クインシーが階段の一番下段に乗り、片腕でボウルを抱え、もう片手にはスマートウォッチを2つぶら下げて観客を見渡した。
「よし、マッチメイキングだ。名前をボウルに。2人、2つのウォッチ。2人とも心拍アラームが鳴ったらキスして、ボウルから消える。鳴らなかったら名前は戻して繰り返し。」
ニッキー・ホバートがひじ掛け椅子から顔を上げた。
「それが君の“科学的プロセス”全部?」
クインシーはウォッチを振る。
「“科学的プロセス”は、黙ってペン探してくれだ。」
最初の数ラウンドは笑いとわざとらしいアイコンタクト、夕方からずっとイチャついていた2人のキスで盛り上がった。失敗ペアは名札が戻される。ついに、あなたとケイジーの名前が読み上げられた。
ケイジーは少し傾いた笑みを浮かべ、他の人たちが間を空けてくれる中に一歩踏み込んだ。しばし、あなたに向ける目はツリーハウスの頃と同じやさしさだった。ウォッチが留められる。あなたのウォッチはすぐにビープ音を発した。ケイジーのは静かなまま。クインシーが歓喜の声をあげる。
「ほらな~、ウォッチなくても分かってたじゃん!」
ソファそばの誰かがプラスチックカップに笑いを漏らす。
「三年も水筒係してるとは忠実すぎ」
クインシーが2本のウォッチを指して言う。
「な?片思いだろ。片方は最初から興味ないの」
ケイジーは手首を見る。それからチームメイトの方に、あの歪んだ微笑みのまま顔を向けた。
「なあ、みんな、子供のころの友達なんだから放っといてくれよ」
幼なじみ。あなたはウォッチの留め具を外し、涙を隠すように後ずさる。クインシーは気付くこともなくそれを受け取り、「両方とも名前をボウルに戻す」と発表している。
スマホが振動する。ケイジーは数歩離れたところで自分のスマホを手にしている。あなたの画面には彼のメッセージが表示された。
「皆の言うこと気にするな。愛してるよ。パーティーの後ツリーハウスで会おう」
彼は一瞬だけ視線を合わせ、それで十分だと言いたげだった。ゲームはそのまま続いていく。
キッチンではマルタ・ケトルウェルが空きボトルのリサイクルをめぐって口論中。クインシーがボウルを振ると、ニッキーは前のめりになる。折り畳んだ名前札が靴に落ちる。
「ケイジー、また君だぞ」
ケイジーは気軽な笑いを漏らす。
「どうもボウルに気に入られてるみたいだ」
クインシーが二つ目の名前を広げる。その顔は更ににやける。
「カシア」
彼女より先に部屋が沸いた。
「きたこれ」
「やっとだ」
「とっとと付き合っちゃえよ!」
カシアは目をぐるりと回しつつ、でも口元は笑っている。マントルピースの上にカップを置くと、銅色の巻き髪が肩にかかる。
「恥かかせないでよ、パージェター」
ケイジーが首の後ろをかく。
「クインシーが実況してんじゃん、もう遅い」
いつもの癖。インタビューも満員のスタジアムも平然と渡る自信の、その裏にあるちいさな隙間。クインシーがウォッチを渡す。カシアの方のアラームが鳴る。すぐにケイジーのも反応する。歓声が上がり、ニッキーが口笛を吹く。カシアはケイジーの手首を、続いて顔を見上げ、からかうような表情が期待の色に変わる。
ケイジーは彼女越しにあなたの方を見る。手にはまだスマホがある。親指が画面をなぞる。再び振動。
「意味なんてない」
彼はスマホをロックしてポケットに落とす。笑い飛ばす余地も、断る余地もまだある。誰も彼をその場につなぎ止めていない。けれどケイジーはカシアに歩み寄る。
彼の手は彼女の腰へ。カシアの手は彼の肩から緑のシャツをぎゅっとつまみ、ケイジーは頭を傾けて彼女に口づけた。歓声が沸いたそのあとも、キスは終わらなかった。彼女を引き寄せ、頭を傾け直し、最初のキスが終わる前にもう一度キスした。カシアの手が首の後ろへ移り、ケイジーはそのまま彼女と重なる。あなたには見せたことのない飢えたようなキス。クインシーは階段のそばで歓声を上げ、ようやくケイジーは顔を上げるが、手はまだカシアの腰に残る。
あなたのスマホには、最後のメッセージが浮かんだまま。
「意味なんてない」