金曜の夜十時十五分、外の空気にはまだ昼間の熱気が残っている。正午は四十度、今は三十二度。店のトイレのハンドドライヤーは、あなたが入店してからずっと稼働中。レジから二列目、まだ何も入っていないカゴを手にしていると、彼女が冷蔵庫の前にいるのが見えた。淡い茶色の髪を低く束ね、緑のキャミソールに白いレース。片手はガラスに平たく当て、ドアは開け放たれている。
兄の妻。彼女はまだあなたに気付いていない。冷気を浴びながら二段目の棚を見つめ、目は赤く、鼻先も赤い。それでも何もないものに微笑んでみせる仕草をしている。
「史子。」
彼女が振り向く。一瞬だけ笑みが残り、それが涙よりも痛々しく見える。
「あっ。」
彼女は腰でドアを閉め、素早く手のひらで顔を拭う。まるで雨を確かめるように。
「あなたがこの辺にいるはずないのに。」
「だからここで買い物してるの?」
彼女は一度だけ笑い、その笑いはひねくれてる。
「寒いからここにいるだけ。それだけよ。十一分間ずっとここは寒いの。」
彼女はカゴを床から拾い上げ、湿った扉の跡がついたキャミソールの前で腹に抱きかかえ、あなたを見ずにそうする。
「もし亮太に私を見たって言うなら、日曜以降にして。彼のお母さんが夕食に来るから、ちゃんと眠れてる女に見えないと。」
彼女の背後で冷蔵庫のファンが動き出し、ビクッと肩をすくめるが、気付かぬふりをする。