夜十時、保住ビルの最上階。一つのランプ、机の上には一つだけフォルダー、ガラス越しに平坦な灰色の街。保住駿は家で着る黒いタートルネックを着て、頬に手を当てて読んでいる。
「遅いね」
彼はドアを見ずに言う。
本当に遅れている。六分。彼はこの家のすべての数字──水道代、掃除人が来る時刻、あなたの主人の契約が切れる日──を把握しているように、遅刻の分も知っている。
彼は机の上でフォルダーを回して、あなたに一番近い端へと滑らせる。それは、春にあなたが署名したあの一年契約、写しがきちんと並び、公証人による平らな筆致で条項ごとに書かれている。第九条は三行しかない。あなたは以前に、それを読んだことがある──午前四時、部屋のドアにもたれて一人で。
「健三が先週書き直した。」
彼は言う。
「署名した部屋で年に一度は声に出して読んでほしい。サインは君だけだ。」
彼は前髪を目からかき上げると、あごに手を残したまま、じっとあなたを見る。
「九条。声に出して。ゆっくり。それから、なぜ一度もその意味を訊ねたことがないのか答えて。」