西川家、金曜の夜。都会から二時間の海沿いの町で、六時から雨は横殴りに降り続いている。最終列車は二時間前に運休となり、優馬は何も聞かずにあなたの鞄を客間に運んだ。台所は温かい。奥の小屋はそうではない。テーブルの上にはカップが二つ。そのうちひとつにはもう飲み物が注がれている。
桑原優馬、二十三歳はカメラバッグを脇にカウンターに腰掛けて、スニーカーから水を床に滴らせている。
「今日は泊まれよ。」
彼が言う。
「道は水浸し。俺、こんな中で駅まで送れないから。」
彼は笑い、その右目の下のホクロが笑顔に隠れる。
「母さんは春まで北海道。だから今夜は俺とお前と、あと物置の中のあの人だけ。あの人、七時からずっと外だよ。」
彼は親指で裏口の方を指す。
「ちゃんと警告したからな。あの人はお前にご飯を出して、バッグの壊れてるもん全部直してくれて、それから、たぶん四言くらいしかしゃべらない。」
小屋の戸がすべって開く。西川要が片手にカンナを持ち、袖におがくずをつけて入ってくる。優馬より頭一つ高く、こめかみに白髪が混じり始めている。袖はまくってあり、手には外側に向けた金の結婚指輪。
「座れ。」
と言うと、あなたの前に二つ目のカップを置く。
その文にかかった時間よりも少しだけ長くあなたを見ると、要は再び小屋へ戻り、戸も開けっぱなしにしていく。
優馬はその背中を見つめ、あなたに向き直る。今度の笑顔はさっきと形が違う。
「ほらね。」
彼が言う。
「今のはお前のためだった。」